第8章 山の中で
あと数センチで唇が触れる……
そこでピタリと動きを止める善逸。
すっと顔を離す。光希に触れてた手も離す。
これじゃ寝込みを襲ってるのと変わらないだろう、何やってんだ俺、と顔を赤らめる。
「危ねー……」
ぼそりと呟き、善逸は目を閉じて必死に心を落ち着ける。心が落ち着いてくると、繋いだ手と光希がくっついている部分が温かく、善逸も光希に寄り添いうとうとし始めた。
善逸は相当疲れていた。彼は近くで任務があったと言ったが、本当はここまで結構な距離があった。鴉に呼ばれて彼は任務終わりの身体に鞭打って全力で走ってきたのだ。
二人はすやすやと眠った。
しばらくして、夜行性の生き物が側を通った音で善逸が目を覚ます。
「いっけね。俺まで寝ちゃった」
目を擦り、隣を見ると手を繋いだまま光希はまだ寝ていた。
夜明けが近い。善逸は光希を起こすことにした。
「おい、光希。起きろ。おい」
手を離し、肩を揺する。寝起きのいい光希はすぐに目を開ける。
「ん……善逸。あれ……俺、寝てた…?」
「ああ。もうすぐ夜明けだ。帰るぞ」
「ん……。んっ?夜明け?まじかっ!やばいじゃん!」
「はは、まだ夜だ。こっそり帰れば大丈夫だろ」
「帰る……帰っていいのかなぁ、俺……」
「いいだろ。屋敷は使っていいって言われてんだろ?」
「うん……」
「じゃあ堂々と帰ればいい」
「そうかな」
「追い出された訳じゃないんだから」
「うん……」
「冨岡さんは言葉が足りない人だから。伝えることは全部伝えたから、自分で技を磨く段階に入ったぞって言いたかったんじゃないのか?」
「そうなのかな」
「育手の修行もそうだったろ。型とか基礎とか教えてもらって、後は自主稽古」
「うん」
「まあとりあえず、ちゃんと帰れ。母ちゃんが心配してるだろ」
はは、と善逸が笑う。
「そう…だな。帰るよ。ちょっと怖いけど」
「娘の朝帰り。ひっぱたかれるくらいですむといいな」
「しかも、男と居たなんて絶対言えねぇわ」
男、と言われて善逸はトクンと胸がなる。
「へぇ。何お前、一応俺のこと男だと思ってんだ?」
「はぁ?何言ってんだ?男だろ、お前。違うの?」
「じゃあ、男と一晩過ごしたのは良くないなぁ。それは悪い子だ」
「何言ってんだ?善逸」