第62章 最後の夜
草履を履き終わった光希が、善逸に顔を向けた。
髪を高めの位置できゅっと結い、総司令官の隊服に身を包んだ光希は、凛々しい顔つきに変わっている。
「善逸、お前が本当にしんどい時は絶対に駆けつける」
「うん。俺も、光希がしんどいときは助けに行くよ。手紙ちょうだい」
「うん」
「しんどくなくてもさ……手紙、出してもいい?」
「もちろんだよ」
光希がニコリと笑い、縛られた髪の毛がさらりと揺れる。
「じゃあ、またな」
「おう」
「いってきます」とは言わない。
それは「ただいま」と対になった、帰ってくることが前提の言葉だから。
でも、「さよなら」も言わない。
お別れするわけじゃないから。
光希が荷物を背負い、玄関をくぐっていく。
善逸は門まで見送ろうと思ったが、足が動かなかった。
光希は、大丈夫だよと言う感じに振り向く。
「善逸、頑張ろうなっ!!!」
家の外からにこっと、笑いかける。
「おう」
必死に笑顔で応える。
光希は自分の手で扉を閉めた。
門の外まで歩いていくと、義勇が待っていた。
「もういいのか」
「はい、……お待たせしました」
「……歩けるか」
「はい。大丈夫です」
ふと油断した光希が一瞬泣きそうな顔になったので、義勇が心配そうに聞くが、彼女はすぐさま笑顔に戻って答えた。
光希は隠れ家に向かって、深々と頭を下げる。
目を閉じて五秒程、想いを込めてお辞儀をした。
込めた想いは、ひたすらの感謝。
幸せな時へ、精一杯のありがとうを伝えた。
「行きましょう」
「ああ」
光希はくるりと身を翻して、戦いの世界へと足を踏み出す。
善逸は一連の流れを、玄関に立ったまま音で聞いていた。