第62章 最後の夜
「女子の髪の毛切るのは緊張するな。俺でいいのか?」
「いいよー。善逸、器用だし」
「お前、本当に髪とか気にしねえな」
「うん」
話しながら、縁側で髪を切れるように準備をする。
「まあ俺たち、小さい頃はお互い切り合ってたけどな」
「私が下手くそで、善逸が変な頭になっちゃったときまでね」
「そうそう」
「女将さんに切り直してもらうまで、善逸号泣だったなあ、あはは」
「笑いごっちゃねえぞ。手鏡見たときの絶望感凄かったんだからな!」
善逸が光希の前に座り、前髪を軽く濡らして櫛で整えていく。
指でさらさらと髪を触る。
「目にかかっちゃって見づらいからね。しっかり前を見られるように、切って。目にかからなければ、どんなでもいいや」
「……わかった」
善逸は頷いてハサミを持つ。
光希がすっと目を閉じる。
まず感じたのは唇への感覚。
柔らかく温かい善逸の唇。
「……違うでしょ」
「ごめんごめん、目の前で目え閉じられたから、つい」
へへへっと笑う善逸の声が聞こえる。
「油断ならないね」
「そうよー。男の前で目え閉じちゃ駄目よー」
「気をつけるよ」
「くれぐれもね」
ハサミが動く音がする。
たまにおでこに触れる善逸の指がくすぐったい。
詳しい注文をしなかった光希。完全に善逸にお任せだ。それはつまり、彼の好みに仕上げてくれということ。
光希はハサミの離れた隙にそっと目を開けて善逸を盗み見る。
彼の真剣な顔がそこにあり、思わず頬を染めて目をきゅっとつむる。心臓がドクンと跳ねる。
「……なに?」
「なんでもない」
「嘘。めちゃめちゃドキドキしてんじゃん」
「聞かなくていいの!」
「俺が男前なのはわかってるから、もうちょっと大人しく待ってて。終わったら布団で可愛がってあげるよ」
「……、別にっ」
「ぷっ、なにちょっとお前、可愛すぎだろ」
善逸は笑いながら、丁寧に前髪を切っていく。
しばらくすると、前髪をザザザッと手で払われて終わったのだとわかる。
「……よし」
手鏡を渡されて覗き込む。
眉毛の辺りで、きれいに整えられている。長さが意図的に差がつけられており、パッツンにならずに大人っぽい感じになっていた。