第8章 山の中で
握られた手が温かい。
幼い頃から幾度となく握り合ってきた手。支え合い、抱きしめ合い、時にはその手で取っ組み合いの喧嘩をした。
「お前は……こうされても、何も感じないんだな」
善逸がポツリと呟く。
手を繋いでも、光希の音には変化がない。慈しみの音はするが、胸が踊るような音はしない。自分のことを男として見ていないことが悲しいくらいによくわかる。
「ん?これか?」
光希が握られた手を軽く上にあげる。「そう」と善逸が答える。
「何も感じない、ことはない。安心するよ」
微笑む光希に、そうじゃねぇよと善逸は思う。
「昔からよく繋いだな。俺はお前と一番手ぇ繋いでるな、たぶん」
はは、と光希が笑いながら言う。
「昔は同じくらいだったのに、今はお前の方が手がでかいな。これからもっとでかくなるんだろうなぁ。羨ましいなぁ……」
黙って聞いていた善逸は、急に繋いだまま手を持ち上げる。
「じゃあ、子どものころにこの手でやんなかったことを、ひとつ」
そう言って、善逸は光希の手の甲に口付けを落とす。「どう?」とにやりとして上目遣いで光希に聞く。
「どうって……そうだな、確かに子どもの頃はこういうのはなかったな。くすぐったいぞ、善逸」
と、光希は笑った。音にも特に変化がない。
まじかよ、と思う善逸。
俺は心臓ばっくんばっくんいってんだぞこら!少しはトキメケよ!と心で叫ぶ。
それなりに勇気を振り絞った行動を完全にスルーされて脱力する善逸。手を降ろした。
何だか自分だけ空回りしてる気がしてむなしくなった。
すると、右肩に重みがのる。光希の頭だ。
光希は寝ていた。
そうか、こいつの反応がずっと薄かったのは、眠かったからだ。きっとそうだ、そうに違いない。
善逸はそう自分に言い聞かせた。
自分も光希もいつまでもこうしているわけにはいかない。でも、後少し、このまま寝かせてやろう。ここがこいつの一番安らげる場所だと信じて。
でも……
善逸は光希を起こさないように、空いてる左手で光希の顎をそっと押さえる。
「これは、どう考えても、お前が悪いんだからな…いくらなんでも無防備すぎだ……」
そう言い訳して、善逸はゆっくりと顔を近付けた。