第58章 光
「今はただ、俺のこの呪われた血と、悪の根源たる知識が、鬼の滅殺に何か役立つことを祈るのみです」
光希は膝の上の握り拳に力を込める。
「だから動かなきゃ。止まってると、おかしくなりそうなんだ。休みなんていらない」
「光希……」
「俺は、これと一生付き合っていく。逃げられない。だからこそ、鬼と戦う。でも……」
光希は羽織を脱いで隊服の釦を外す。上着を脱いで羽織だけを着た。
「これはもう着られない。俺は光を背負えないから。……これからの俺が背負っていくのは、闇だ」
脱いだ上着をきれいに畳む。
「如月家は、希望の光である竈門家に寄り添う闇だ。光があれば闇が出来る。あたりまえだ」
寂しそうな顔で上着を見る。
「悲鳴嶼さん、…義勇さんも。俺、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。俺は幸せ者ですね」
光希が緩やかに笑うと、悲鳴嶼が涙を流す。
「この隊服と共に、総司令官の任をお返ししてもよろしいでしょうか」
「……認められない」
「何故ですか」
「理由にならないからだ」
「理由は、俺には相応しくないからです」
「むしろ一番相応しいと思わないか」
「……え?」
「鬼を倒したいと思うのだろう。ならばそのために一番辛い立場で戦うべきなのではないか」
「………」
「逃げない、と言っただろう」
「………」
「冨岡」
悲鳴嶼が声をかけると、義勇がたたまれた上着を光希に被せる。
「文字は『光』で問題ない」
「義勇さん。この俺が、どの面下げてこの文字を背負うんですか」
悲鳴嶼が静かに呼びかける。
「お前は皆の希望だからだ」
「皆に絶望を与えた俺が、なんで」
「お前の家が代々繋いできたのが希望だからだ。ただ絶望するだけではなく、鬼を倒すと心に決めてお前まで繋いだ。闇はきっと、光を求める。お前は自分の中に光を探して、見付けて、皆の希望の光になれる。私はそう思う」
光希は肩にかけられた上着を払うことなく、俯いている。
義勇は彼女が泣いているかと思ってちらりと見るが、その目に涙はなかった。
「少し……考えさせてください」
光希はゆっくりと立ち上がる。
「ああ、もちろんだ。……休め」
失礼します、と言って光希は退室した。