第55章 軍事指南
その日の夜、善逸は暴走することなく、光希と同じ布団で寝ることが出来た。
彼曰く「コツをつかんだ」らしい。
性欲を刺激せず、幸せだけを噛みしめる方法を取得したという。
珍しく朝早くに起きてきた善逸が得意気に語るのを、笑いながら光希が聞く。
光希は、善逸が寝に来る前にしばらく厠に籠もっていたのも知っているし、布団の中で何度か辛そうにしてるのも知っていたが、何も言わない。
彼が光希の為に工夫してくれてることを、ただ嬉しく思った。
「俺、もう大丈夫だから。危険日でも、月役中でも、安心して帰っておいでね」
「凄いねえ、善逸。猿じゃなくなったのね」
「誰が猿だ!!!せめて狼にしてくれ」
「いやいや、善逸。人を目指そうよ」
いつものように楽しくご飯を食べる。
光希は片付けをして、着替える。
「よし、じゃあ行ってくるね」
「うん。光希、無理しないでね」
玄関で善逸が光希をぎゅっと抱きしめる。
「光希……愛してる」
「うん。私も愛してるよ、善逸。また帰ってくるからね。連絡もする」
「待ってる」
善逸が口付けをする。
行かないで、と言ってしまいそうになるのを必死で堪える。
「行ってらっしゃい」は、残酷な言葉だと思う。大切な人を、何故行きたくもない危険な場所に「行ってこい」と送り出さねばならないのか。
見送りの言葉は「お気を付けて」か「お帰りをお待ちしております」だけでいいのではないか。
でも、善逸は今日も光希を送り出す。
「行ってらっしゃい」
その残酷な言葉に、彼は笑顔を添える。
彼女がまたここへ帰ってきたいと思えるように。行き先で彼女が思い出す自分の顔が笑顔であるように。
そう願いを込めて。