第6章 蝶屋敷 2
「じゃあ、今日はゆっくり休め。明日から地獄だろうからな」
「ああ。いろいろありがとな。善逸」
「俺の方こそ」
胸元に入れた半紙をそっと押さえ、「おやすみ」と言って善逸は立ち上がる。
障子を開けて、半身外に出た善逸は部屋の中から袖をぐいっと引かれて体勢を崩す。「おっと、」と振り向いた善逸の唇に、そっと光希の唇が触れた。ちゅ…という音がした。
一瞬のことで目を見開く善逸。
「……え?」
「今日のお礼よ。嫌だったらごめんね」
背伸びをした光希が耳元でささいたのは、善逸が初めて聞く光希の女言葉。いつもと違う、女性らしい高い声だった。
にこっと笑って善逸の身体をトンと軽く押し、廊下へ出す。
「おやすみ」と言って障子が閉まった。
善逸は口を押さえて固まる。
今、何が起きたのか。さっぱりわからないものの、状況把握に全集中した。
……こいつ、女の言葉喋れたのかよ。そりゃそうなんだろうけど、今まで隠しといて、口付けぶっかまして、今ここで初めて使うのかよ。ふざっけんなよ。切り札何枚持ってんだよ、この野郎。
「……再会したとき、覚えてろよ」
いろいろ完敗した善逸は、ぷるぷると震えながら、そう言い残して部屋へ戻った。
光希は部屋の中で笑っていた。
光希の善逸への想いが、家族愛なのか、恋なのか、それはわからない。
ただ、光希にとって善逸は、この世で一番大切な人であることだけはわかっている。
それを伝えるための口付けだったのだが、果たしてそれは善逸に伝わったのか。
光希は半分になった紙を見る。
これを書いたあの日から、ずっと持ち歩いている。
『俺、光希の名前書く!』
『何でだよ自分の名前書けよ。練習だぞ』
『俺の名前は後でいいんだ。光希の名前を上手に書けるようになりたい』
『変な奴…じゃあ俺はお前の名前を練習するか。うわ、なんだこれ難しいな……』
『なんか違うぞ、光希』
『わかんねぇんだよ。こうか?』
紙から幼い二人の声が聞こえてくる気がした
「一緒にいてくれな」
光希はそっと呟いた。
夜、光希は皆に手紙を書いた。