第42章 覚悟
山を下りながら、光希が呟く。
善逸の涙も止まった。
「変だよな?」
「ん?何が?」
「何故、指令が来ない」
「確かに。来ないなら来ないでいいんだけどね、俺は」
「……まあ、確かに。だからこそこうして師範たちの家に行けたわけだけど」
光希が空を見上げる。
生い茂る木の隙間から空が見える。
「死支度をする期間……、なんてものを鬼が与える訳もない」
「ちょ、ちょっと!死支度とか怖いんだけど、やだあ!やめてよっ!」
「はぁ?俺、ここ数日の行動は全て死支度としてやってんだけど」
「そうなの?やだやだ、死なないで光希」
「違う、死支度っつーのは……」
そう言った時、ばっと再び空へ目を向ける。
鴉だ。
「噂をすれば、かな」
「げぇっ、指令かよ」
鴉は光希の手に止まる。
「光希、お館様がお呼びだ」
「え……お館様……?」
「承知した」
「お館様って、おい、光希」
「悪い、善逸。俺は直ぐに行く。本は隠れ家でも蝶屋敷でもどこでもいいから置いといてくれ。頼む」
「それはいいけどよ……」
「戻るのはいつになるかわからない」
「……わかった。待ってるからね」
「うん。ありがとう、善逸。心配しないでね」
光希は善逸の頬にそっと口付ける。
「鴉くん、行こう!」
そのまま彼女は駆けていった。
覚悟の音がした。
善逸は一人で山を下りる。
おそらくこの先、彼女は重役につく。
危険も多く、戦いになったら真っ先に狙われる。
一般隊士の自分が近付けないところに連れて行かれるのかもしれない。
光希は死支度をしている、と言った。
――――絶対に、死なすかよ!
善逸は拳を強く握りしめ、山を走る速度を上げた。