第41章 じいちゃん
光希は、誰も居ない慈悟郎の左側に目を向けて話す。
「師範は私に『桑島』の姓しか名乗りませんでした。柱たちも皆『桑島法子』の名で認識しています。
籍は入れずとも、師範は『桑島』として生きた。慈悟郎様を心から愛していたんだな、と思います」
独り言です、と再度断りをいれて、光希も茶をすする。
「では儂も、独り言を言うとするか」
「…………」
「…儂が、どれだけ言っても、あやつは桑島を名乗ると言って聞かなかった。
歳も親子程離れ、嫁にしてはやれぬと何度言っても、な」
慈悟郎が俯いて話す。
「今、思えば……、嫁にしてやればよかった。こんなに早く死んでしまうのなら。名実共に『桑島法子』にしてやればよかった。あやつが望んでいたのに。儂は、その真っ直ぐな想いに答えてやらなんだ」
慈悟郎は、胡座の上に置いた手を握りしめる。
「……いいえ。師範は名実共に『桑島法子』でしたよ。愛する人を想い、自ら名乗っていたその名には、真実しかありません。墓石にもその名で刻んでもらい、こんなに愛をもらって、喜んでいると思います」
「……かたじけない」
「いえ、独り言とはいえ、出過ぎた事を申しました。お許しください」
光希は深く頭を下げた。
「私は、我妻光希になります」
「うむ」
「善逸はあの通り乗り気ですが、もし慈悟郎様のように駄目だと言われたら……私は我妻を名乗れません。師範は本当に強い女です」
「そうじゃな」
「私は私で、その時はあっさり違う男の嫁になるかもしれません。あはは」
「ははは、そうか。お主なら引く手数多じゃろう」
「ええ。そりゃもう。ふふふ」
光希は悪戯っぽく笑う。
「でも、私はやっぱり我妻善逸が好きです」
「……そうか。うむ。ずっと、あやつの隣に並んで座ってやってくれ」
「はい」
「幸せになれ。儂の……大事な孫と一緒にな」
慈悟郎は、目を細めて笑った。
目尻の笑いジワが深く刻まれた。