第40章 師範
善逸はゆっくりと光希の手を撫でる。
「桑島さんが亡くなってから、選別まで一人でここにいたの?」
「うん」
「……辛かったな」
「うん。慈悟郎様が家に来いって言ってくれたんだけどね、断ったんだ」
「なんで?」
「……師範が、帰ってくるんじゃないかって思ったんだ。全部あの人の計略な気がして」
「そっか」
「慈悟郎様の家に行けばお前も居るし、行きたい気持ちはあったんだけどね。やっぱり、ぎりぎりまでここに居たかった」
「選別で再開した時、光希がそんなに辛い状態だって知らなかった。元気そうだったから」
「善逸は慈悟郎様に殴られたのか、ほっぺた腫らしてて不機嫌だったな。あはは」
「本当だよ。じいちゃんも、直前にあんなに叩かなくてもいいじゃんね」
「なんか、それ見てほっとしたんだよ。ずっと張り詰めてたからさ。お前、頭黄色いし、なんかもう本当にすっごい笑ったなぁ……」
「今から鬼と戦うっつーのに、何笑ってんだこいつって思ったよ」
「お陰様で緊張も解けて、のびのびと選別やれたよ」
「そりゃ良かった」
「やっぱりお前は、……特効薬だよ。善逸。
あんなに辛かったのに、お前の顔見たら全部飛んだ。父様と母様の時も、そう。いつも、そうなんだ……」
眠い中、たくさん喋った光希は目がとろんとしてきている。
「お前にしか、効かないけどな」
善逸はそんな彼女を優しく見つめる。
「ありがとな……」
「おう」
「眠い……おやすみ、善逸」
「おやすみ、光希」
光希はそっと目を閉じる。
すぐに眠りについたようで、寝息が聞こえ始める。
善逸は手をつないだまま、寝顔を見つめる。
しばらくすると、光希は「師範……」と小さく呟いた。彼女の目から涙が溢れた。
「……ほら、やっぱ泣いてんじゃねえかよ。この意地っ張り娘」
善逸はそっと身体を寄せて、シャツの袖で涙を拭いてやる。
……お前の先生が涙嫌いなんだったら、俺が全部この手で拭いてあげるよ。だから、泣けばいい
光希を起こさないように優しく、善逸はこっそりと涙を拭き続けた。