第40章 師範
光希は善逸を連れて屋敷の中を案内した。
掃除されているのは、桑島の部屋と書庫と玄関で、その他の部屋は期間相当の汚れ具合だった。
「ここ、俺の部屋」
光希は埃だらけの部屋に入る。
家具は殆どない、殺風景な部屋である。
光希はすこし躊躇ってから、文机の引き出しを開けて一枚の紙を取り出す。
「師範の遺書だよ。隠の人から渡された」
光希は埃を払って、紙を善逸に差し出す。
「読んでいいのか?」
「どうぞ」
善逸はやや劣化したその紙を開く。
遺書は、とてもきれいな字で書かれていた。
本は全てお前にやる。必要なときに使え。どんなときでもお前を見守っている。幸せになれ…、ということが綴られている。
師弟愛に溢れた、心温まる遺書だった。
「……辛かったな」
「まあ、な。慈悟朗様が来てくれなかったら、死んでたかもね」
光希は遠い目をしながら笑う。
善逸は光希をぎゅっと抱きしめた。
「おい、ここは師範の家だぞ」
「わかってる!でも、お前、泣かねえから……」
「……俺は、泣かないよ」
「何でだよ」
「師範が……涙が嫌いだったんだ」
光希は善逸を振り払うことなく、抱きしめられながら思い出すように語る。
「女はすぐ泣くとか思われるのが腹立つから、泣くのが嫌いなんだってさ。
あとは……泣くと視界が不明瞭になって、頭の回転も悪くなる、だから辛いときこそ泣くな、打開するために、って言ってたな」
「厳しいな」
「『泣くな』と禁止されるよりも、『涙が嫌いだ』と言われる方が、こちらとしては泣けなくなる。好きな人の嫌がる事はしたくないだろ。だからこれ、全部計算なんだよ」
「凄えな。当たり前だけど、すごく頭がいい方だったんだな」
「ああ。他にも……その日の課題が出来ないと、罰として一日女言葉を使わされた」
「へえ、面白い罰だな」
「嫌だったなぁ、……はは。でも、今思えば、俺が女言葉や所作を使えるように教えてくれてたんだ。これも師範の計算なんだよ。
全部、俺のために……」
「いい先生だな」
「めちゃめちゃ厳しかったけどな」
光希は、善逸の腕をぎゅっと掴んで笑った。