第40章 師範
時刻は昼をだいぶ過ぎていた。
二人は並んで歩く。
「善逸、お腹空いたろ。あそこのお蕎麦屋さんで食べようか」
「あ、ああ」
……光希の育手はもう亡くなっている。なのにどうして行くんだろ。会いに行くわけじゃないんだな。
ずっと吐いてるのは、たぶん心労だ。何故、そこまでして…
善逸は、沢山の疑問を聞けずにいた。
二人は屋台風の蕎麦屋に入る。
ご飯時ではないので、お客は善逸と光希の二人だけだった。
「悪いけど、俺は……食べられない。どうせ……」
吐いちまうから、と声には出さなかった。
「……そうか」
「かけそばにして、出し汁だけ少し飲ませて」
善逸はかけそばを食べ、光希は出し汁で水分と塩分を補給する。
山の入り口まで来ると、光希が言う。
「よし、ここから先は山だ。ここまできたらあと少しだよ」
「俺が、そこまで運んでやろうか?」
「いや、ちゃんと自分の足で行きたいんだ」
「光希……」
「行こう」
光希は山に入る。
ガサガサと草を掻き分けて進む。
「……選別の二週間前くらいに、師範は突然死んだ」
前を歩く光希が話し始める。
「出掛けて来ると言って家を出て、そのまま帰ってこなかった」
足を止めずに話し続ける。
「帰りを待つ俺の所へ来たのは、隠の人と師範の遺骨、その時所持してた遺品」
善逸には光希の顔が見えない。
「正直言って、この賢い俺でも何がなんだかわからなかったよ」
「光希……」
「遺骨を前に、何も出来なくなってた俺のところに慈悟郎様が来てくれてな。叱責されてなんとか選別に行けたんだ」
「じいちゃんが……」
善逸は思い出した。
確かに選別の少し前に、桑島慈悟郎が数日間家を留守にしたことがあった。行き先が光希の所だったのだと思い至る。
「師範が最後に行った場所は……刀鍛冶の里だ」
「そこって、今、炭治郎が……」
「そう」
「危険な場所、なのか?」
「いや、そんな事はないよ。里自体は隠されてるし、安全な場所のはず。
師範は里からの帰り道で、隠と一緒に襲われたらしい。鬼にな」
語る光希の声に涙は感じないが、彼女から聞こえる音は、とてつもなく悲しいものだった。