第37章 心の傷
「では、失礼します。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる母親。
「道中お気をつけて」
善逸はそう言って礼をとる。
「兄ちゃん、姉ちゃん、ばいばい」
「じゃあな」
「ばいばい」
親子は夕暮れの街の中へ消えていった。
「良かったなぁ」
彼らが去っていった方をじっと見ている善逸。
光希は善逸の背中にしがみつく。
涙が黄色い羽織を濡らしていく。
「何でお前が泣くの」
「……っ、ふっ、……ひっ、」
「良かったじゃん」
「そう…だ、ね……」
「……本当は、説教してやろうかと思ったんだけどな」
善逸が、呟く。
「でも、俺、子ども側の気持ちしかわかんねえから、やめといた。きっと……、親にも親の辛さがあるんだろうし。
……ちゃんと、迎えに……、来て、くれたしな」
喋りながら、善逸の声が少しずつ震えだす。
「でも、な……」
善逸の肩も震える。
「……あれは、…辛い……」
光希は手を前へ回し、後ろから善逸をぎゅっと抱きしめる。
その辛さをわかってあげられない自分には、寄り添うことしか出来ない。大丈夫という励ましも、よしよしという慰めも、言ってあげられない気がした。
ただ一つ出来るのは……
「頑張ったね」
「……へへ。褒められた」
「偉かったよ」
「………でしょ」
迎えに来ても来なくても、どちらにしても彼が深く傷付くことはわかってた。
それでも善逸は、光希の懸念を気にもとめずに近付いた。
「……はぁ、もう大丈夫だと思ったんだけどな」
善逸が羽織の袖で涙を拭く。
「大丈夫なもんか」
「こういうのって消えないんだな」
「うん。残念ながら」
「でも、……俺にはお前がいるから」
善逸は振り向いて、向かい合わせで光希を抱きしめる。
「心の傷は残っても、お前がいるから」