第37章 心の傷
涙を拭いて立ち上がり、そしらぬ顔で戻る。
薄暗くなってきたので、目が赤くなっているのも目立たない。荷物を重ねて置いて、その隣に座る。
泣き疲れたのか子どもは善逸の腕の中で眠っていた。
「……寝ちゃったね」
「うん。どうしようかな。こいつが起きないと、母ちゃん来てもわかんねえぞ」
善逸はまだ、信じている。
光希は残ったお団子を、丁寧に包み直す。
「持たせてあげよう。母ちゃんと食べたらいい」
光希も信じようとする。
「……かあ、ちゃ…」
寝ている子どもの目から、涙が溢れる。
しん……となる。
善逸は今、何を考えているのだろうか。
子どもでもなく、光希でもなく、伏せ目がちに前を見ている。
暫くすると突然、善逸が音に反応する。
視線を上げて、耳を澄ます。そこへ駆け込んでくる一人の女性。
「ごめんねっ!」
その声に、寝ていた子どもが飛び起きる。
「母ちゃん!あ、か、母ちゃん!母ちゃぁーーん!」
「ごめんね、ごめんね。遅くなってごめんね!」
「うわぁぁぁーーん!!」
子どもは善逸の手から飛び降り、母親にしがみついて恐竜のように泣き叫んだ。
善逸がほっとした顔を浮かべる。
「良かったな」
善逸は子どもの頭に手を乗せて笑う。
「あの…あなた方は……」
戸惑う女性に、「この子が一人で泣いていたので、一緒にあなたを待ってました」と笑いかける善逸。
「兄ちゃん、お歌、ありがと」
「おう。特別なんだぜ?」
「お姉ちゃん、お団子ありがと」
「……これ、持ってって。お母さんと食べて」
「そうだったんですね……。なんとお礼を申し上げたらいいか」
「お礼はいりません。ただ……」
善逸は、言葉を区切って俯く。
「……いえ、なんでもありません」
そこから言葉を続けることなく、顔を上げた。
「元気でな」
「おれも兄ちゃんみたいな頭にする。母ちゃんとはぐれないように」
「……それは、お勧めしない」
母親は質屋に行っていたようで、質草を包んでいた風呂敷に団子を包んだ。