第35章 しのぶ
怪我の具合をしのぶに診てもらう。
「傷は大丈夫そうですね」
「よかった」
「抜糸しますね。ちくちくしますよ」
「お願いします」
しのぶはゆっくり抜糸をしていく。
丁寧な施術。小さな手で優しく触れていく。
「引き続き洗髪時は気をつけて、薬はしばらく塗って……って聞いてますか?」
「あ、はい。聞いてます」
「私に何か?」
「いえ、何でもないです」
光希は無意識にしのぶを見つめていた。
指摘されて気付き、慌てる。
「何か?」
にこにこと笑いかけてくる圧が恐ろしい。
逃さないぞ、言えよ、無言でそう言われている気がした。
「……なんで別れちゃったのかなって、思っただけです」
観念した光希が、俯いて呟く。
「俺は、胡蝶さんも、……あの人も大好きだから、なんとかできたらなって。だって、お互いまだ、好きなのに……」
俯いたまま、独り言のように小声で話した。
「すみません。何でもないです。俺が勝手にそう思ってるだけで。気にしないでください」
光希がそう言うと、しのぶから小さな声が聞こえる。
「……どうしようもないことも、あります」
しのぶは小首を傾げて、少し悲しそうな顔をしていた。
「それは言い訳です」
「言い訳……?」
「はい。どうしようもなかったのではなく、どうにかしようとしなかったのではありませんか?」
「…………」
「状況を知らずにすみません。でも俺は、立場とか責任とか、その辺のことならどうにでもなると思います。考えるんです。どんな卑怯な手でも使えばいい。後悔したくないから」
「……君は強いですね」
「弱いからですよ。弱いから求めるんです。俺は今回、あいつがいなかったら死んでた。
あなた方は強すぎる。大人だからかなんなのな知らないけど、強がりが強すぎて見てられない」
しのぶが黙り込んだ。
「あ……、す、すみません。言い過ぎました。部外者が言うことではありません。申し訳ありません。忘れてください」
光希は頭を下げる。
「……いいえ。覚えておきます」
「胡蝶さん……」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
「今度の柱合会議の後、食事でも誘ってみます」
「それはいい!きっと喜びますよ」
「顔には出ませんけどね」
「そうですね」
二人は笑った。