第32章 師弟
その後、光希はまだご飯を食べ切れずにいた。
義勇と善逸はとっくに食べ終わってお茶を飲んでいる。
「もう無理です……」
「あと少しだ。食え」
「その少しが入らないんですって……」
「子どもの量より少ないんだぞ。食えよ」
「俺が子どもの時はもっと少なかったぞ……」
お椀に入ったお粥はあと半分程。
大人なら二、三口だ。
「どうしても無理なことを突きつけられたときは……」
お椀を見つめながら光希は呟く。
「善逸、このお粥、お前ならどうする」
「頑張って食う」
「違う。食えないんだ」
「それでも食う。あと少しじゃん」
「お前は阿呆か……」
「何だと!」
「義勇さんなら、どうします?」
「……そうだな。誰かに食べてもらう」
「具体的に」
「この状況下だと、我妻が有力候補だろう。説得や丸め込みがしやすい」
「なる程。しかし、俺は風邪を引いている。食べかけのものを食べさせる訳にはいかない。どうします?」
「……俺がお前に口移しで食べさせる」
「はぁっ?冨岡さん!何をっ、」
「具体的に」
「具体化すんなよっ!」
「口移しは無理やり食べさせるにはいい手法だ。人は口にねじ込まれてそのまま塞がれれば、吐き出さずに飲み込む事が多い」
「なる程。そうなのですね。でも、俺が口を開かなかったら?」
「開かせる方法なら心得ている」
「うーん、なる程……。しかし、風邪が移る危険はあります」
「俺は粥を飲み込む訳じゃない。食べさせ終わった後に口をゆすげばいい」
「さすが、義勇さん。悪くないですね」
「試してみるか」
「何言ってんですか!駄目ですっ!!」
善逸が二人の間に入る。
「我妻、代案でもあるのか」
「ううっ……」
「考えろ、善逸」
「俺が……、俺が光希に口移しで食べさせる!」
「……具体的に」
「えっと、俺は光希の婚約者だから、冨岡さんがやるより問題ないはず!光希は俺の口付けなら口を開く、はず!どうだっ!」
「……二番煎じだな」
「そうですね」
「なんだよっ!!」
善逸が騒ぐと、光希は匙でお粥をぱくりと食べた。
「はあ?食えるの?お前」
「頭使って、少し消化させてもらったよ。どーも」
「ふざっ!ふざけんなてめえええ!」
光希はこの日久しぶりにご飯を完食することができた。