第12章 逢瀬
願いが通じたのか、約束の日は二人とも任務が入らず、その日の朝光希は屋敷を出発した。
義勇との修行は終わっているため光希の外出は基本自由なのだが、「街へ出かけてきます」と一応断りをいれた。
義勇は何か勘付いたようだが、黙って送り出してくれた。
冨岡邸近くの竹林を抜け、だいぶ離れた所まで来ると人目につかない林の中に入る。
髪を下ろし、上半分だけふわりと結いあげる。
結った部分をくるりと回し、軽く動きをつけてみた。前髪と顔周りの毛を整え、手鏡で確認して、よしと頷く。
紅を取り出し、唇にさす。頬にはうっすら頬紅。化粧道具をほぼ持っていない光希はこれが精一杯だった。
手鏡に映る自分を見て、化粧濃いかなぁ…と唸る。
やっぱり柄じゃないからやめよう、と懐紙で拭おうとしたけど、その手も止まる。
正解がわからず行ったり来たりする光希。
するとそこへ、
「こんな人気のないところで、何してるの?お嬢ちゃん」と男の声がした。
光希は手鏡を懐にしまい、男を振り返る。
「おお、別嬪さんじゃねぇか」
「……女に見えますか?」
「はぁ?お嬢ちゃん何言ってんだ。こんな上玉滅多にいないぜ」
そう言って光希に汚い手を伸ばす。
「そっか。ありがとう」
光希はにこりと笑うと、差し出されたその手をなるべく触れない様にしながら抱え込んでぶん投げた。男は起き上がると逃げていった。
準備の時間を考えて結構早めに屋敷を出たが、それなりにいい時間になっていた。
光希は化粧を落とさずに行くことにした。多少の緊張感はあるが、さっきの男の意見も参考にしつつ、まあいいかと思うことにした。
光希は約束の場所を喫茶店にしていた。
お昼やおやつ時は混むので昼前の時間が集合時間である。妙な時間に設定しやがって!何ご飯だよこれ!と文句を言われる気もしたが、待つのも嫌だから独断で決めた。
約束より少し早く到着したが、店の傍の丸太に黄色い頭が見えた。ぼーっとしながら待っているところを見ると、かなり早くに来たのか?と思う。
いたずら心がくすぐられ、光希は気配を消して裏の林から近付く。もたもたしてると音で気付かれるから素早く。
そして善逸の後ろに回り込んで両手で目を押さえた。