第79章 命の呼吸
時刻はとっくに夜になっていた。
ずっと緊張状態だった善逸は、時間経過に全く気付いていなかった。晩御飯もとっていなかったが、全然腹も減っていない。
廊下の善逸に声がかかり、手術室の隣室に呼ばれる。
ふらふらと歩いていくと、助産師に抱かれた布に巻かれた我が子がいた。
ふにゃぁふにゃぁと泣いている。
「おめでとうこざいます」
「ありがとう…ございます……」
「男の子ですよ」
「男の子……」
『ほらね!言ったでしょ?』
光希の笑い声が聞こえた気がした。
助産師は善逸を椅子に座らせ、赤子を近付ける。
「抱っこしますか?」
「あ…、はい」
「こう首を支えて……、片手は背中に回してください」
広げた善逸の腕に、そっと赤子が乗せられる。
……小せえ
あまりにも小せえだろ
なんだこれ
こんなに小せえのに生きてんのか
ふにゃふにゃじゃんか
この前食ったぷりんみてえだな
そして…なんて……
なんて温かいんだ……
寒い廊下に長時間いた善逸の身体は冷え切っていた。その冷たい身体を温めるかのように熱を発する赤子。
「我妻さん。落ちついて、そのまま聞いてください」
「……はい」
「奥様のことですが……」
光希は出血多量でかなり危ない状態だと説明を受ける。辛うじて生きてはいるが、正直いつ命が尽きてもおかしくない、と。
赤子の方は小さいけれど状態は悪くなく、今の所安定していると説明をされた。
「母子共に入院となります。ご主人が付き添うことは可能ですか?」
「はい」
「では、後ほど個室へご案内します。お荷物など必要なものを取りに一度ご自宅に帰っていただいて構いません」
話を聞きながら、善逸はずっと赤子を見ていた。
赤子は、見れば見るほど善逸にそっくりだった。まだ薄いけれど太くなりそうな眉毛、茶色ががった瞳。腕の中でずっとえぐえぐと泣いている。
感動やら不安やらいろいろな感情で心が大渋滞となり、善逸の処理能力を超える。
「……ありがとう」
ただそれだけを呟いた。
感情の主席にいたのがそれだった。
生まれてきてくれてありがとう
命をかけて生んでくれてありがとう
泣きそうになるのを抑えて、助産師に赤子を渡す。
「この子は、善治(よしはる)です。我妻善治。妻と息子をよろしくお願いします」
善逸は涙を隠して頭を下げた。