第11章 一本
悲惨な程に散らかった稽古場の掃除も、嬉しくて仕方ない光希は何の苦でもなかった。
―――やっと…、やっと一本とれた
足元にも及ばなかったのに。
文字通りようやく足元まで来れた。
じわりと込み上げる涙。
でも、違う。
今回は奇襲が成功しただけだ。まだまだ真っ向勝負では、歯が立たないだろう。破壊した打ち込み台を片付けながら思う。
それでも初めて刀を当てられたことは心から嬉しかった。
その日、光希は善逸に手紙を書いた。
義勇から初めて一本とれた喜びをどうしても伝えたくて勢いよく書いた。
しかし、書き上がった手紙を読み返してみると、義勇さん、義勇さんと何度も書かれており、善逸が拗ねるであろうことが容易に想像できる代物だった。
………出すの、やめよ
光希は手紙を丸めた。
机に伏せる光希。
仮とはいえ恋人になったからこそ、こうして気を遣って出来なくなることがある。前だったらこんな手紙平気で出せたのに。
面倒くさいな……
そう思ってしまう自分がいる。本当に己は恋愛に向かないな、と思う。
善逸のことは大切で、ちゃんと好きなのに。
心の中にもやもやが溜まり、一本取った喜びがどこかへ消えてしまった。
「……寝よ」
筆を片付けて布団に入る。
夕方まで寝ていたのであまり眠くない。
善逸の顔が思い浮かぶ。
泣いた顔、拗ねた顔、照れた顔、太い眉毛を下げて笑った顔………
表情豊かな善逸の顔を思い出していると、次第に口元がほころんでいく光希。
善逸のせいでもやもやした心は、善逸を思い出すことでなくなっていった。
むくりと布団から起き上がると、また文机に向かい、手紙を書き始める。
内容は、久しぶりに会いたい、というものだった。
一本取れた喜びも、会って話したい。
やっぱり嬉しいことがあったときはあいつに会いたくなる。悲しいときもだけど。
子どものときからずっとそうしてきた。嬉しいときも悲しいときもいつも側にいてくれた。
会って、話したい
声が聞きたい
明日でいいからね、と伝えて鴉の足に手紙を付けた。