第79章 命の呼吸
善逸は出来るだけ光希を揺らさないように、急いで林の中を走る。
「はぁ…はぁ……、ううっ…、くっ……」
「光希、頑張れ。すぐ着くからな」
「うん……、……ぐ…っ」
「……お母しゃん」
「あかり、大丈夫…だよ。赤ちゃんも、頑張ってるの。応援して…あげてね……」
「はい」
「ふふ、いい子」
善逸の肩口から見下ろしてくるあかりに、光希は激痛の中微笑みかける。
「善逸さん……、ごめんね」
「何が?」
「赤ちゃん、私がもっと……守らなきゃ、いけなかったのに……」
「何言ってんの。ここまで十分守ってくれたさ」
「……っ、善逸」
「ややは大丈夫だ。ありがとな。もうひと頑張り頼むぞ」
「うん、はぁ……はぁっ、頑張る」
光希は善逸の腕の中、しっかりと成長した自分の夫を見上げる。彼だって不安や焦りがあるはずなのに、それを見せずに「大丈夫」と言い切った。まるで彼女の不安も全て自分が背負おうとするかのように。
これがあの善逸か。
泣き虫で。
臆病で。
嫌なことや怖いことから逃げてばかりだったあの善逸なのか。
愛する者と守るべき者を持ち、彼は変わった。
普段は弱々しくなることもあるが、ここぞという時はこんなにも逞しい男になっていた。
「頼もしいなぁ」
「だろ」
「うん。……なんか、悔しい」
「なんでだよ」
「昔は俺の後を付いてきてたのに」
「……いつの話だよ、それ」
「はぁ…はぁっ……、いじめっ子からも俺が、守ってた」
「まあ、うん、そうだったな」
激痛で朦朧としてきたのか、光希の口調が懐かしいものになる。
「悔しいけど……、嬉しいよ……」
「光希」
「……かっこいいなぁ、善逸。お前、本当に凄いよ……ありがとう」
光希が目を細めて、疲れた顔で笑う。
病院が見えてきた。
「光希、やっとややに会えるんだ。楽しみだなぁ。家のこととか、仕事のこととか、早産だとか、そんなことは何も心配いらない。お前はただ眼の前の出産に集中するんだ」
「善逸……」
「俺とあかり、二人で祈りながら待ってるからな」
「うん、わかった」
善逸も腕の中の光希に微笑みかける。
彼の少し伸びてきた金髪が、走る動きに合わせてサラサラと揺れていた。