第77章 愛しき君へ
道場に移動した二人。
鍛錬に来たのではないが、ペコリと頭を下げて入る光希。
無言で道場の端に座る。
光希のお気に入りの場所だ。
善逸は彼女の正面に胡座をかいて座る。
「……床、冷たくねえか」
「大丈夫」
善逸は着物を脱ぎ、肌着になる。
夏だから寒くはない。
「下に敷けよ」
「いいよ。シワになる」
「いいから敷けって、ほら」
善逸に言われて着物を畳んで床に敷き、その上に座る。足に柔らかな感触が伝わった。
足を少し崩して、壁に持たれる。
「私、産むから」
「…………」
「勿論、成長過程で駄目になるかもしれない。それは運命だから仕方ない。でも、それでも、私の手でこの子を堕ろすことは絶対にしない」
「…………」
「まだ豆粒みたいな大きさだけど、もう自分の命より大事に思ってるよ」
「………いつから気付いてた」
「先月」
「なんですぐに言わなかった」
「確証がなかった。でも、わかってからはすぐに言った。診断されたのは今日だから」
「すぐじゃない。蝶屋敷で俺が聞いたとき、言わなかった。それに、確証がなくてもおかしいと思ったときにすぐ俺に言えよ」
「……………」
「一人で悩んでたのかよ」
「…………」
「あんなに体調悪くしててさ」
「…………」
「……すぐ言えよ、本当。馬鹿」
「ごめん」
「心配しただろが。どっか悪いんじゃないかって。ころっと…死んじまうんじゃないかって……ずっと……」
「善逸……」
家系的に短命なことや痣のことが、光希が体調を崩すたびに善逸の頭をよぎる。
光希を失うことの恐怖。
眉を寄せて俯く善逸を見て、光希が思っている以上に善逸を苦しめていたことがわかった。
「俺は、そんなに頼りねえのか」
「そんなことはない」
「………一人で抱え込みやがって」
「心配かけてごめん、善逸」
「いや、俺も気付かなくてごめん」
お互い頭を下げる。