第77章 愛しき君へ
それから、二年の月日が流れた。
光希は18歳になった。
光希の学問所はそれはそれは大盛況となっていた。学校に行ったことのない光希が教えているのは、兵法と心理学。そして、それに基づいた独自のカリキュラムによる徹底した思考力の底上げだ。
それだけで、勉強を不得意としていた子どもたちの成績が跳ね上がり、面白い程続々と難関校へ合格していく。それ故、入塾希望者が後を断たない。
そして、彼女が仕掛けた策。
『学び舎 藤袴』という名前。
彼女は成績優秀な者を試験前に宿屋『藤袴』に宿泊をさせた。勿論その学生は志望校に合格。それを繰り返すことで“同じ名前のあの宿屋に泊まると試験に受かる”というまことしやかな噂を作った。噂は瞬く間に広がっていった。
光希と善逸が育った宿屋はこれにより経営が爆上がりし、学生達の聖地のようになった。
育ててもらった恩返しを凄い形で光希は返すことができた。
しかし、光希はこの二年、よく体調を崩していた。
それでも平気な顔をして仕事をしてしまう。
まるで自分の生きた証を残そうとあがいているかのように。
そんな彼女を周りの人間はいつも心配している。
光希はこの日、休日を利用して蝶屋敷に来ていた。流石に体調が悪すぎて、なほたちに診てもらいに来たのだ。
診察後、久しぶりにのんびりとした時間を過ごす。夏の日差しを避けながら縁側に座っていた。
光希の顔からは子どもらしさが消え、美しい娘に成長していた。髪は腰まで伸び、真っ直ぐな長い黒髪を緩めのみつあみにして下ろしている。
何も塗らずとも桃色に艶めくその唇からは、綺麗な歌が紡がれている。
光希はその手に産まれて数ヶ月の赤子を抱いていた。
部屋の戸が開き、青年が顔を出す。
「光希」
「炭治郎。……しぃっ、今寝たの」
背が伸びた炭治郎が、光希の側にそっと近付く。彼の顔からもだいぶ幼さが消え、精悍な顔立ちになっている。
「炭佑(すみすけ)」
炭治郎が愛おしそうに我が子に呼びかける。
「光希。ずっと抱っこしてて疲れただろ。ありがとな。代わるよ」
「いいよ、動かしたら起きちゃう。大丈夫」
光希も腕の中の赤子を優しい眼差しで見つめた。