第45章 エピローグ
狭霧山の麓に面した畑の中で、勇兎はスコップを片手に、じっと何かを見つめていた。
父親譲りの豊かな黒髪と、母親に似て、ぱっちりとしたお目々の、愛くるしい顔立ちした勇兎は、父親の頼みで畑の雑草刈りをしていたはずだった。
しかし、途中で大きな芋虫を見つけ、思わず手を止めて見入ってしまったのだ。
間違いなく害虫の類い。本来なら駆除しないといけないが、勇兎は迷わずスコップで土ごと掬うと、狭霧山の入り口まで走り出した。
そのまま芋虫を、狭霧山の雑草の中に放り込むと、安心したようににこやかに笑い、畑へと戻る。
その時だった。
「勇兎、何処ー?」
母親が呼ぶ声が聞こえ、勇兎は慌てて走り出した。
「お母さんっ!」
母親の元に辿り着くと、その脚に嬉しそうに抱きつきながら、母親の顔を見上げる。
「もう、何処に行ってたの?」
片手に勇兎の幼い妹を抱いた母親は、そう言って微笑むと、もう一つの手で勇兎の頭を優しく撫でた。
そして、畑の中にいるもう一人の人物に目を向け、声をかけた。
「義勇ー、お昼ごはんが出来たよ!」
畑で作業していた義勇は、「フーッ」と一息つくと、右腕の脇に鍬を鋏み、左手で肩に掛けた手拭いで、顔の汗を吹いた。
そして声を掛けた人物の方に向かい叫んだ。
「陽華、今行く!」
義勇が近くまで来ると、陽華の脚に絡みついた勇兎が、可愛く声を掛けた。
「お母さん、今日のお昼ごはん何?」
「勇兎の大好きな、鮭大根だよ。」
陽華がそう言うと、義勇の顔がパッと明るくなった。
「わーい、僕、鮭大根好き!」
勇兎が嬉しそうにはしゃぎながら言うと、陽華は勇兎の頭をぐりぐりと、優しく撫で回した。
「そうだね。この間は食いしん坊なお父さんに、いっぱい食べられちゃったからね。今日はじぃじがたくさん作ってくれたよ。みんなで食べよう?」
そう言って、楽しそうに微笑みあう妻子を、義勇は優しい気持ちで見つめた。
あの最終決戦から、十年の月日が経っていた。
陽華達はまだ生きていた。