第5章 蟲柱
「冨岡さん。」
食事が終わり、膳が下げられた後、しのぶは真正面から義勇を見つめた。
「私は、陽華の幸せだけを願っているんです。冨岡さんの気持ちをお聞かせ願えますか?」
「俺の…」
(俺だって、陽華の幸せを…、)
その瞬間、義勇は思い違いをしていたことに気付いた。
あの陽華との口づけの時、義勇の心は幸福感で満たされた。だが、いろんな犠牲の上にただ生かされただけの自分が、幸せになっていいわけがない。
そう思って、陽華を遠ざけた。
でも義勇が本当にしなくてはいけないのは、自分が不甲斐ないせいで、陽華から奪ってしまった錆兎。
その代わりを陽華が自分に求めるなら、それに答え、望むことをしてやることだった。
それにこれはただの恋人ごっこ。陽華が本気で自分を、好きになるはずがない。
それなのに、自分の気持ち優先するなんて、おこがましいことだった…。
「胡蝶、ありがとう。大切なことに気付かされた。」
「ん?冨岡さん、まだ何の発言も、されてないんですけど…。」
そのまま義勇は、しのぶの制止を聞かず、二人分の勘定を机の上に置くと、店から出ていった。
残されたしのぶは、去っていく義勇の後ろ姿を見ながら、
(…すっきりされた顔をしてましたが、何も解決してない気がするのは、私の気のせいでしょうか?)
そう思いながら、しのぶは深くため息を着いた。
ー蟲柱 完