第5章 蟲柱
月明かりに照らされて、禍々しい雰囲気を放つ山の麓に、水柱・冨岡義勇は立っていた。隣には一人の女性の姿があった。
「冨岡さん。久しぶりの合同任務、頑張りましょうね。」
そう言って、蟲柱・胡蝶しのぶは優しい笑顔を義勇に向けた。
胡蝶しのぶは、柱になってまだ日が浅いが、合同任務や蝶屋敷で世話になったり、陽華と仲が良く一緒にいることが多かったので、鬼殺隊の中ではよく顔を会わす方だった。
「そういえば、冨岡さん。さっき私に会ったとき、少しほっとされた顔をしていましたね。」
しのぶはそういうと、義勇の顔を覗き込んだ。
「合同任務の相手…、誰かさんじゃなくて、安心しましたか?」
義勇はその視線に耐えられず、目を反らした。無口な義勇にとって、自分の考えを読み取って口にしてくるしのぶは、少し苦手な人物だった。
「鴉の報告によれば、鬼は…」
しのぶの質問を任務の内容を確認することではぐらかしそうとした義勇だったが、それをしのぶは許さなかった。
「冨岡さん。私、怒ってるんですけど、気付いてます?」
「……。」
「あなたが今、私の親友にしてる仕打ちに対してです。」
しのぶの顔は、天使のように微笑んでいたが、額には青筋のようなものが浮かんでいた。
「聞いてます?冨岡さん。」
畳み掛けるように義勇の正面に回り、顔を覗き込んでくる。義勇は逃げられないと思い、静かにこう言った。
「…胡蝶、すまないが、その話は後でもいいか?今は任務を…」
「いいですよ、終わってからでも。もちろん、逃げたらどうなるかわかりますよね?」
「……。」
「この山は広そうですね。二手に別れましょう。では、私はあちらに行きますね。冨岡さん、またです。」
そして、しのぶは自身の羽織を翻すと、蝶のように軽やかな足取りで夜の暗い森に消えて行った。