第16章 ※初恋
そこそこ重症だったは義勇は、鱗滝におぶられて山を降りた。
先を歩く義勇に近づき、陽華はちょいっと裾を掴んだ。
「ぎ、きゆう!」
いきなり名前で呼ばれ、義勇は陽華を、驚いた顔で見降ろした。
「名前で呼んでくれたの、初めてだね?」
そう言われ、陽華はハッとした表情を浮かべた。
「…ダメだった?名前…?」
「ううん。仲良くなれたみたいで嬉しい。」
義勇は嬉しそうに陽華を見た。陽華は恥ずかしそうに義勇を上目遣いに見ながら、こう言った。
「…あの、今日はありがとう。」
最後のところで、陽華は満面の笑顔を義勇に向けた。
(か、可愛い…。)
義勇は心からそう思った。きっと陽華が笑ったら可愛いだろうと予想していた。
しかし、予想以上の破壊力に、義勇は自分の心臓が早鐘のように脈打つのを感じ、思わず胸を押さえた。
陽華が離れた今でさえも、心臓の音が鳴り止まない。気がついたら、隣を歩く陽華をチラチラと目で追ってしまっていた。
(俺…、陽華のことを…、)
この日を境に、陽華は感情を表に出すようになった。
本当の陽華は、よく喋り、よく笑い、表情をコロコロ変える、明るい女の子だった。男所帯のムサイ鱗滝一門に、明るい花が咲いたようだった。そんな陽華見て、錆兎がこう言った。
「陽華、笑ったら可愛いな。俺、こっちのお前の方が好きだ。」
そう言って微笑む錆兎に、陽華は顔を真っ赤にして、「あ、ありがとう。」とお礼を言った。
義勇と違って、素直に自分の思ったことを言える錆兎。あの顔で、あの微笑みで、あの声で、あんな事言われたら、俺だって落ちる。義勇はそう思った。
案の定、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしてる陽華を見て義勇は思った。
俺の初恋は、想いを告げることなく終わった。…と。