第2章 迷い
「ひと当てどころじゃ済まなかったようだね。大丈夫かい?」
「ある程度は予測してましたから。それに…彼らの言う事にも一理ありますし」
宮永に努めて明るく返すと、純はウォーミングも兼ねてリンクを周回する。
故障前もその後も、練習後にロッカーの荷物を更衣室にぶち撒けられてた事もあったしな、と考えながら身体を氷に馴染ませていると、自分に向けられている複数の視線の中でもひときわ強いものを感じた。
「…」
確かめなくても、純にはその視線の主が分かっていた。
(あの時どんなに周りが言っても聞く耳持たんかった癖に、いい気なもんやな!お前は、自分を中心に世界が回っとるとでも思うてるんか!)
「…誰かを自分の思い通りになんて出来る訳あれへん。実際、君の本当の気持ちは僕には判らんし。でも、君かて僕の気持ちを…ひぅっ!?」
「隙あり!リンクでお前がボーッとしてるなんて、珍しい事もあるんだね」
突如誰かに背筋を撫でられ、純は無防備な声を出す。
しかし、そんな純のリアクションより、リンクは彼の背中を撫でた人物の正体によって、どよめきに包まれた。
「ヴィクトル・ニキフォロフ!?」
「何でここに?」
「ほ、本物!?キャーッ!」
「…デコ?」
「今日は仕事もなくて暇だったから、勇利の付き添いにね。『正妻』としては『愛人』の動向も気になるし♪」
「そうか…勇利は?」
「もうすぐ来るよ…って、どうしたのお前?」
思わぬヴィクトルの出現に、純は間抜けな相槌を打つ事しか出来なかった。
そんな純の様子に小首を傾げたヴィクトルは、自分がリンクに入る前から、彼に執拗とも呼べる視線をぶつけていた白田を見る。
「あそこの奴から睨まれ続けて、消耗でもしたの?普段この俺に対して、ふてぶてしさ満載のクセに」
「そういう訳やないけど…」
「そういやお前、一時期SNSや実家のお店のHPまで荒らされてたもんな。あ、ひょっとしてあいつがその犯人だとか?」
「なっ…?だ、誰がっ!」
ヴィクトルの言葉に顔を赤くさせていきり立つ白田を他所に、純はリンクサイドからこちらに向かってきた勇利に気付くと、移動する。
殆ど音も立てずに勇利へ近付く純と彼のスケーティングの跡を、白田は忌々しげに見つめていた。