第1章 序章 支援者の微笑み
終始、柔和なコーネリアスと人形の様なアーリヤとの会合は、あっさりと終わった。
(まるで顔合わせのみが目的と言わんばかりだ)
エルヴィンは分隊長として初めての支援者との会合に拍子抜けしていた。
会場を出て宿に着き、酒場でキースがポツリと話し始めた。
「あの方は支援者のなかでも貴族としても一番腹が読めない。跡継ぎが壁外で散ったにも関わらず資金打ち切りせず、それ以上の資金を出すとはな」
エルヴィンは滅多に驚かないがキースの言葉には呆然とした。
(高位貴族の跡継ぎ……まさか)
「お前も知っているだろう。ラファエルだ」
(ラファエルだと!)
チラリとキースは、エルヴィンの様子を見た
ラファエルは貴族である事を隠し訓練兵団へ入団した。
穏やかで品が良くその上、腕もたつエルヴィンの後輩であり、友人だった。
ナイルも含め訓練に励み、時には喧嘩もした、友人だったが、家族や入団動機については決して語る事無く、訊かれても、微笑むだけで答えなかった。
やがてナイルは憲兵団を選び、エルヴィンとラファエルは調査兵団を選んだ。
そして何度も死線を共にくぐり抜けてきた
ラファエルの最後は、パニックに陥り巨人の手に握られた新兵を救出したが、そこで奇行種に襲われた。
仲間に「生き延びろ!」と言い放ち、仲間を逃がす時間を稼ぎ帰還する事はなかったという。
遺体もなく、エルヴィンとナイルは、にわかには信じられなかった。
しかし彼がいないのが、何よりの証拠だった。
どれだけ腕がたつとしても何が起こるのか、わからないのが壁外調査だ。
エルヴィンもナイルも弔い酒を呑みながら思い出を語った。
しかし、問題はその後だった。ラファエルの訓練兵団入団時の情報は全て偽りで申請時の住所には誰も居ない古びた家。テーブルの上に遺書があり、本来の素性が確認された。
ラファエルが何故素性を隠してまで入団したのか今となっては分からない。
「弔問に行った時も冷静でな。ラファエルらしい。と一言だけだった。」
高位貴族の子息が、身分を偽り死に最も近い兵団での最期は、噂好きの貴族に直ぐに広がりショックを与えた。そして子息、子女を守る為に兵団への貴族の入団は如何なる理由でも禁止とされた。
安宿の眠るだけの部屋の中で、逝ってしまった友人の思い出と、その父親の柔和な顔がエルヴィンの心を苦く満たした。