第9章 狩りに最適な日
重い空気が世界を支配しているかのような闇夜の丑三つ時。この時間帯は、明かりもない川の流れる音や風でカサカサと音を立てる木々がよく目立つ。自然の中で毎日を生きている彼女、真壁亜希もその世界に沈みこむようにベッドに寝入っていた。しかし、そんな真壁の睡眠はある感覚で終わりを迎える。
「………っ、……どちら、様?」
瞼を開けて、とろんと眠気が残った声でそう言う彼女は、少し寒い感覚と宙に浮いている感覚がした。
「……すみませんねぇ、お嬢。こんな夜更けに連れ出すような真似をして……」
「グソンさん………?」
聞き覚えのある声と、”お嬢”と呼ぶその声で、彼女はチェ・グソンだと判断した。グソンは真壁の使っているベッドルームに入ってきて彼女を姫抱きしながら部屋から出て行く途中だった。
「実はこれ、槙島の旦那からの命令でして」
グソンは彼女に告げた。きっちりと丁寧に運ばれて行く当の彼女、真壁亜希は抵抗する素振りもなくそれを受け入れたのだった。
「グソンさん、私を連れて行くって言うことは、ちゃんと楽器も持って行くのよね?」
「えぇ、勿論。お嬢を乗せる前にちゃんと乗せときましたよ」
ガチャリ、と家の玄関の扉が閉まる音がして、自動ロックが掛かったドアを背後に歩いて行くグソン。家の目の前にはワゴンぐらいの大きさの車が止まっていた。後ろドアが自動で開いて真壁を後部座席に座らせる。
彼女が座った隣には、ちゃんとヴァイオリンケースがシートベルトをつけられていた。
「……ふふっ。あなた、可愛いことをするわね」
真壁がそれに目をやって話す。
「大切に扱わないと、あなたの家族が五月蝿いですからね。まっ、そんなあの人にも当然言われましたけどね、運ぶ際には気をつけろって」
運転席に乗ったグソンは、エンジンを掛けて車を走らせ始めた。