第5章 狂王子の帰還
日差しが差し込む美術部の部屋。そこにはシャッ、シャッと鉛筆でスケッチブックに絵を描く王陵璃華子の姿、ともう一人———。
「———辱めを受けた命から解放されて、ラヴィニアは幸せだったと思うかい?」
芯がある低音の声の持ち主は彼女に問いかける。
「『娘が辱めを受けた後も生き長らえその姿を晒して悲しみを日々新たにさせてはなるまい』………でしたっけ?」
”槙島先生”、と王陵の口から発せられる。槙島、と言われた銀色とも灰色ともとれる長髪の人物は彼女の後ろに座り足を組みながら読書をしていた。その本は原典版だろうか、本は大きくて少し色あせていた。
「美しい花もいずれは枯れて散る。それが命あるもの全ての宿命だ。ならいっそ、咲き誇る姿のままに時を止めてしまいたいと思うのは、無理もない話だね」
喋り始めた彼は「だがしかし」、と立ち上がり本を今まで座っていた椅子の上に置いて彼女の背後へと歩み寄り立ち止まる。そしてこんなことを言うのである。
「もし君が彼女を実の娘のように愛していたと言うのなら………君は『あの子のために流した涙で盲目になって』しまうのかな?」
彼の瞳には彼女が強く写る。王陵はその彼の言葉に描いていた手を止め、「あら、それは困りますわ」と後ろに顔を向けてこう言う。
「だって私、これからもっともっと新しい”絵”を仕上げていかなくてはならないんですもの」
王陵璃華子は微笑した。
街の公園にある噴水塔のホログラムの中に飾られた作品。———それは、女の肉体。
胴体の中心には口内に花を詰め込まれた顔が、彼女は両腕両足が逆に繋がれていた。大きなリースに赤い花の咲く薔薇をあしらえた、一見すると芸術品のように見えるもの。だがその女の顔から見える瞳は確かに本物で、見る人の顔を写し出していた。
ヒュゥゥと風が吹き草木が音を鳴らす中で”彼女”は言う。
「どの音楽作品でも芸術作品でもそうだけど、主張は大切よね」
そう言う彼女のグレイの長髪が揺れた。