第4章 はじまりは唐突で不確実に幕が上がる
——50階にある執行官宿舎。
ある日のとある一室にてバシッ、バシッ、と無機質な音だけが鳴り響く。その音は連続的に聞こえ後からハッ、ハッと人が息を出す音がする。その人は男で上半身裸であった。——どうやら、その無機質な音の発音体は彼のようだ。何回も、何十回もバシッ、バシッ、バシッと柱に吊り下げられているサンドバックに拳を入れていく。数分してドッッ、という音とともに彼が蹴りを入れる。遅れてギシッ、ギシッという音が蹴りを入れられた方から聞こえる。
彼は移動しキッチンの方にある冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出しそれを口にする。3口4口したところで口から離し自分より高い位置に持っていって頭から水をかぶる。ビシャビシャと音が鳴る。やがて水がペットボトルからなくなる。なくなったところで彼は手でそのペットボトルを潰しキッチンに投げた。
彼は作業部屋へと歩みを進めた。向かうその部屋には捜査ファイルや紙の資料など、なんだか古い時代の品が山のようにあった。部屋の入り口付近で立ち止まり、煙草を一本取り出してジッポーライターで火をつけそれを吸う。すぅ、と吸ってふぅー、と吐き出す。それから彼はこの時代には珍しい、壁の一面に貼られた写真の中のある一枚を見つめる。その写真は酷いピンボケをしていて被写体がよく分からなかった。それでも確認できるのは白いシャツを着た白い長髪の男であると言うこと——。
———彼は思い出す。"あの日"のことを。
———無残な姿で発見された部下の"アイツ"のことを。
———それから、あの日を境に居なくなってしまった"彼女"のことを。
それは、激しい憎悪だった。彼はジュウ、と手のひらで煙草を握り潰す。
(絶対に死ぬわけにはいかない。これは、何があっても始末をつけなきゃいけないことだ。そして、———あいつを、あいつを取り戻す。あいつだけは絶対に生きているんだ)