第1章 月の衛星
スカラビア寮から見える夜空は綺麗だった。欄干に肘を掛けて眺めていると、コツコツと足音が近づいてくる。今ここへ来るヤツは1人しかいない。
「こんばんは、ジャミル。月が綺麗ね」
彼女は笑ってこちらへ歩いてくる。
「どうして報告しないんだ」
彼女が足を止めた。
「俺が何をしたか、知ってるんだろう?」
「ええ、“観”てたわ」
「じゃあ、どうして」
俺はこのホリデー期間で、主人を裏切り周りを巻き込んだ挙げ句、オーバーブロットするという事件を起こした。
彼女、アーヤは事件に巻き込まれたスカラビア寮生として、そして俺と同じアジーム家に仕える者として、俺の裏切りを正しくアジーム家へ報告すべき者だった。
「カリム君はそれを望まなかった。あなたも知っているでしょう?」
「カリムが間違っていると判断すれば、アジームに報告するのが筋だ。全部観ていただろう?俺たちと距離を置いた場所から、そのユニーク魔法で全てを」
彼は理解できない、という顔でこちらを睨んでいた。
「観てたわ。ていうかあなた、最近事件までずっと私をカリム君とあなたに近づけないようにしてたでしょ。まさかこんなことになるなんて……。事件が起きてからはずっと観ていたわ」
「じゃあどうして」
「あなたがやりたいことをやったように、私もやりたいようにしてるだけよ」
「なんだそれは。俺がまた裏切るとは思わないのか」
「裏切ることが目的だとは思わなかったから」
「……」
しばし逡巡したのち、彼は苦い顔をした。
「あのなぁ。もし報告しなかったことがアジームにバレたら、そのときはアーヤが大変な目にあうんだぞ」
「……優しい。自分の都合より私の心配をしてくれるなんて」
「違う。それすらわからない馬鹿だと……」
これから、思いを吐き出したジャミルがどんな風に学園生活を送るのか、カリムとどんな付き合いをするのかわからないけれど。
主従だけに捕らわれないこの場所で、あなたの可能性が広がればいいと、烏滸がましくも思ったから。
少しくらいいいでしょう?あなたの味方をしたって。
ずっと、見ているだけだった。ずっとだ。あなたが苦しんでいることに気づいていても、私は何もできなかった。
後はただのエゴ。
幼馴染みで、大好きなあなたと。
もっと、一緒に学園生活を送りたいって思ったのよ。