第1章 氷の記憶
…声が聞こえる。死ぬほど憎んだあの化け物の声。両親を鬼に殺されて、最愛の姉も殺されて、継子もカナヲ以外皆殺された。許さない、許してなるものか。
………かつて、炭次郎君が言っていた。
「怒っていますか?」
…そうです。私はいつも怒っていた。鬼という存在に。私の幸せを奪っていく存在に。そして、何より何もできなかった無力な自分自身に。なんで、私はこんなに小さいの。なんで私は、力がないの。なんで私は、鬼の首を切れないの。…美しい容姿なんて要らない。小さくて可愛いなんて要らない。私が、本当に欲しかったのはっ………!
「アハハハ!ゴメンネ?解毒できちゃった!」
全てを嘲笑うかの様な虹色の瞳が私を映す。その男は常にニコニコと笑い、頭から血をかぶったような鬼だった。その瞳が私に言うのだ。
お前の努力、その全てが無駄であると。
ふざけるな。ふざけるな馬鹿!なんで、毒が効かないのよコイツ!!
そして、技を打ち込んで後は地に落ちるだけの私に氷の蔦を伸ばし、私の体を捕らえてきた。私の怒りも憎しみも全てを包み込むかのようにこの鬼は
泣いた。
「偉い!頑張ったね!!全部全部無駄なのに!」
「……………ぐっ!」
突然、強い腕に抱きしめられ私は悟ったのだ。
もう、終わりなんだって。
「無駄なことを最後までやり通す愚かさ、その愛おしさ!これこそが人間の素晴らしさなんだよ!君は俺が食うにふさわしい!永遠を共に生きよう!何か言い残すことは?」
どうせ何を言っても、こいつにとっては負け惜しみにしか聞こえないのだろう。だったら言ってやろう、今まで仮面の下に隠していた言葉を。
姉さん、ごめんなさい。あなたの理想は私には眩しすぎた。
悩んで、悔やんで、諦めて……
結局、最後は原点に戻るんだ。
やっぱり、鬼となんて仲良くなれない。
「地獄に堕ちろ」
「…」
「師範!!!」
死の間際、カナヲの声が聞こえた。だが、それに応える時間は無かった。だから、私は最後に指文字であの子に伝えた。
『す・う・な』
カナヲ、私が必ずコイツを弱らせるから。
首を切ってとどめを刺してね。
そして、
ゴキッ
痛みを感じる暇もなく、私の世界は終わった。
はずだった。