第1章 ふたりのかたち
安土城、大広間。
昼間は開け放たれた襖から気持ちのよい風が吹き込む。
夜は月明かりが射し込む。
この場所は、政や宴、食事処として様々な顔を持つ。
そして今この場所は、安土城城主とその右腕が文机を挟んで沢山の書簡に囲まれながら政務を行っていた。
胡座をかき、肩肘をついて書簡を眺める信長は、人を寄せ付けないような覇気をまといながら、度重なる家臣の報告に的確な指示を飛ばしていく。
その間に投げ掛けられる秀吉の質問にもまた、的確に指示をする。
秀吉はその姿をちらりと眺め、一体、この方の頭の中はどうなっているのか、と疑問を抱きながら感嘆していた。
訪ねる家臣の列が途切れた。
しかし、家臣の気配だけは襖の外から無くならない。
どうしたのかと、襖の外を覗こうとすると、微かに信長と同じ香りがした。
『か。』
「お仕事中に、ごめんなさい。お茶、持ってきました。」
『あぁ、。ありがとうな。御館様、一息つきましょう。』
秀吉は、手際よく書簡を片付けるとにふかふかの座布団を用意した。
『あぁ。』
其までの鬼気迫るような張り詰めた表情が緩む。
(天下を掌握する魔王のような信長を、このように緩める存在は日ノ本探してもだけだろうな。)
そんなことを思いながら、秀吉は運んできた茶と茶菓子を文机に並べるを見て微笑んだ。
当たり前の様には信長の側に腰掛ける。
不意に重なるふたりの視線は、それだけで思いを通じさせているようで。
秀吉は暫くの間、見詰め合う二人をただ見守っていた。
『、家紋はもういいのか?』
「あ、いえ。今日も絵を描いてほしいです。」
『今日は、誰だ?』
「ええっと、堺と清洲の大名の家紋をお願いします。」
『、俺たちだけじゃなく祝言に来た全員に作るのか?』
「うん。時間はかかるけど。遠い場所から来ていただいたんだし、感謝をこめて…ね。
私の世は【お祝い返し】ってよく言って感謝をこめて贈り物をするんだ。」
『ふっ。気が済むまでやらせてやれ。』
信長は、さらさらとが頼んだ大名の家紋を大きめに紙に書き出した。