第1章 憧れと現実
「そんな言い方しなくても良いじゃない……私だって真剣に悩んでて……。
折角貰えた内定だって辞退しなきゃいけないかもしれないのに!
千秋に何が分かるのよ。
ずっとやりたかった仕事なのに」
このがカフェだということも忘れて、怒鳴る。
シン……と静まり返った店内にハッと我に返ったが時既に遅し。
やってしまった。
「す、すみません……」
店内に居る人の視線が怖くて、鞄を引っ掴むと店を出た。
言い方はカチンと来たけど、でも千秋は悪くないのに怒鳴ってしまった。
お店の方にも迷惑を掛けてしまった。
慣れない土地で、物件探しも上手くいかなくて、その焦りを千秋にぶつけてしまった。
本当に最低なのは私の方だ。
もう潔く諦めて地元に帰ろう。
「待てよ」
腕を引かれて、胸に抱えていただけの鞄が下に落ちた。
大学時代から愛用している鞄は中身がそんなに入っていない筈なのに、落ちた音がやけに大きく聞こえた。
「……悪かった。
ちょっと無神経だったよな、ごめん」
気まずそうに首を掻く千秋の顔に、緊張で張り詰めていた糸が切れる音がした。
落とした鞄も拾ってくれてそのまま手を引かれて、歩かされる。
繋がった手は私よりも温かくて。
なんだか安心する。
「……ほら」
「あ、ありがとう」
「お前さっき何も飲めなかっただろ?
だから急いでテイクアウトして来た。
氷溶けて薄くなっちまってるけど」
気づいた時には千秋の自宅らしき場所に居た。
ボーッとし過ぎて本当にいつの間に来たって感じだ。
千秋の部屋は簡素で、綺麗で何も無い。
端の方に段ボールが何個か詰んであるぐらい。
なんだ、もう部屋決まってるんじゃない。
それもこんなに綺麗な部屋。
「おい」
「わっ!な、何?」
「何じゃねぇだろ。
この俺の最大限の優しさを無視しやがって、良い度胸だな」
「ご、ごめんなさい」
「ったく……んなに悩んでんなら住むか?一緒に」
「え?」
「家賃光熱費その他諸々折半。
お前の職場からもそこそこ近いし、何せ同居人がこの俺だ。
好条件過ぎるだろ」
ガリガリと髪を掻く。
千秋からの提案は凄く有難いし助かるものではあるんだけど。
「流石に男と住むのは……」
「ハッ、男ねぇ。
生憎と俺はお前の貧相な身体に興味ないし、その辺の奴らと一緒にしないでくれる?」