第6章 春の虹
でも。
「カズ」
智たちが到着する約束の時間が近づくにつれて、顔が強ばってきたカズと目が合う。
俺は両手を広げて、
「おいで」
と、言った。
カズは虚をつかれたように目を丸くした。
そして、え…とか言いながら、恥ずかしそうに少しずつこちらに歩いてくるから、最後は、こちらから歩み寄ってその体を、ぐいっと抱き寄せた。
その小柄な体を抱きこみ、耳元で囁いてやる。
「緊張してきた?」
「………ちょっとだけ…です」
「……大丈夫だよ」
「…………はい」
カズを全部で愛していきたいと思った俺は、もう迷わないよ。
智たちとも、絶対に分かり合えるって信じてるよ。
おまじない、と、軽くキスをして顔をみると、カズは照れたように微笑み、頷いた。
「……雅紀さん、俺ね。サトに金借りてるんです」
「………金?」
「タクシー代。振られたときにね。将来笑顔で会えるようになったら返すって言ってたんだけど。今日返します」
「………そか」
カズの中では、今日は智と笑顔で会える日なのだ。
俺は安心して、カズの髪をそっと撫でた。
「いくら返すの?」
「んー、さんまんくらい」
「そんなに??!」
「使ってないですけどね(笑)」
あははっと笑ってると、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「俺、出ます」
俺の胸からするりと抜けて、カズがパタパタ走ってゆく。
その華奢な後ろ姿を追いかけながら、俺はカウンターの写真立てを振り返った。
彼は、いつも穏やかに微笑んでる。
……………昌宏さん
気持ちに迷ってたとき、1度だけ伏せた写真立てを、カズの了解を得て、キッチンに再び立てた。
俺は、昌宏さんのかわらぬ笑顔に、指でそっと触れ、
昌宏さん。俺、そっちいったら、カズとのことたくさん報告するよ。
だから、見てて。
もうひとつの幸せを始める俺を。
心で誓う。
玄関から、
ニノ!!?
と、智の素っ頓狂な声が聞こえる。
俺は、笑って、玄関にいる大事な3人を迎えに行った。
fin.