第1章 呼吸
「佐久早ってお前かよ!まさか、和臣と結婚したのかよ」
「だったら何よ。あんたに関係ないわよ。
あんたと違って和臣は誠実な人よ、一緒にしないで!」
深い溜息が零れてる中、冷たい視線がぶつかり合うように、お互いを睨みつけている。
「じゃ、今回の事件の弁護士さんは、お前か?
ご苦労なことだな。まだ当事者は、眠ったままだって言うのに。
お前の冷徹な視線が、患者の容体を悪化させるので、速やかにお引き取りください」
毒舌を吐くように低調な声で告げている先生をおばさんが、溜息をついて話はじめる。
「別に、今回の事件の担当になったからって、友人の見舞い来てはいけないって書いてないわよ…南條海斗先生」
「帰れ、邪魔だ!!」
更に低く言う先生の声は、不機嫌。
名前も初めて聞いた…南條海斗先生って。
お母さんが好きだった人…たぶん今も忘れられない人。
ずっと男の影なんてなかったし、毎日家事に仕事、子育てに苦労しっぱなし。
でも、いつもスーツに身を纏うお母さんは、綺麗でスタイルだって昔から変わらない。
歳の割には、若く見られてこともあるから、きっと社内ではモテてたと思う。
手を握っている先生は、怖くないし優しく握ってくれているから、間違いなく好きな人…。
だって、お母さんの指輪に刻まれている『K・N』と同じだしね。
「私は、あんたの事赦してない。
遥が、赦したとしても私は出来ない。
なんだったら法律で断罪してもいいぐらいなのよ、あんたは!!」
「お前と話すこともないし、何度も言わせるな去れって言っている。
ここは、病院だ。お前に赦す赦さない話をする場じゃない」
怒鳴りあいをしているわけでもないのに、ここは法廷にいるようで自分もジャッジされているみたいだ。
パンと音がして、今までじっとしていた看護婦さんが怒り始めた。
「先生も佐久早弁護士も一度退室してください。
二人とも邪魔です!」
二人共溜息をついた後、足跡が遠のいていく。
二人共黙らせるなんて、あの看護婦さんって恐い人?
「早く、目を覚ましてください。沙耶ちゃん、遥さん。
あの人、バカだからたぶん後悔していると思う。
じゃなかったらあんなに必死で名前呼んだり、毎日ずっと開いている時間を一緒にいないですよ。」
悲しそうな声が、病室に響いていた。