第4章 マザーとグースとお嬢さん
ドクドクドク。
まるで「ここにいるぞ!」とでも言うかのように、心臓がその存在を主張している。
先程まで不機嫌だったユウだが、彼を見た途端そんなことはどうでもよくなっていた。
「そういえばグリムがいないようだが、まさかはぐれたのか?」
「あ、いえ。グリムならエースとデュースと一緒に食堂に行ってます」
ユウは俯いていた顔をパッと上げる。
すぐにジャミルと目が合い、思わずまた俯きそうになるが何とか耐えた。
目を見ずに話して、失礼な奴だと思われるのが嫌だったからだ。
「君は行かなかったのか?」
「えぇ……ちょっと色々ありまして………」
へらり。
ユウは笑う。
ジャミルはそれに対し深く追求はせず、「そうか」と相槌を打った。
彼が動くたびに綺麗に手入れをされた長い黒髪がさらりと揺れる。
「なら君はまだ昼食を取ってないんだな?」
ジャミルの問いにユウが頷くと、彼は「それは丁度良かった」と持っていた紙袋を自分の胸の辺りまで持ち上げた。
「ここに間違えて多く作りすぎてしまった弁当がある。良かったら食べてくれないか?」
「えっ、いいんですか?」
ユウは目を瞬かせる。
ジャミルのご飯はとても美味しいし、そして何よりお弁当箱を洗って返すという今後会うための口実ができた。
にやけそうになる顔を何とか引き締め、「でも、何で作りすぎたんですか?」と会話を続ける。
するとジャミルは凄く嫌そうな顔をして、
「いつもの癖でカリムの分の弁当を作ってしまってな……」
と言った。
「カリムは最近、自分の弁当は自分で作ってるんだ。朝食や夕食は相変わらず俺だがな」
ホリデーが明け、カリムとジャミルの関係はほんの少しだけ変わった。
ジャミルはテストで手を抜かなくなったし、カリムの世話も前ほどはしていない。
食事に関してはやはりカリムはジャミルの作ったものしか食べないようだが、最近は"自分の作ったもの"も大丈夫になってきた。
ユウはその話を聞き「なるほど」と頷く。
そして「それなら是非頂きたいです」と笑った。