第1章 序章
…性被害に遭ったと学校に報告してからなずなが卒業するまでの数ヶ月、なずなの周辺はそりゃあ酷いもんだった。
音楽教師は先生や生徒からの評判も良かったらしく、そんな先生を外に追いやったなずなはそれこそ針の筵状態。
先公も3年生の担任で2学期の半ばだったのもあり受験にかかわると学校にもクレームの嵐だったようだ。
そのせいでなずなは生徒や親、先生方からも心ない言葉を言われたようだ。
でもこいつは強かった。
常に俺が買ってやったボイスレコーダーを回しその都度俺に報告。
俺はそれをデータに起こして教育委員会まで持っていった。
その都度教育委員会はこちらに協力をしてくれて、先公らの減給、保護者会と称しての騒ぎの減圧、その他諸々を素早く取り仕切ってくれた。
また、暴言を吐いたクソガキ供は俺が自宅まで乗り込んでいってデータ削除と引き換えに謝罪をさせた。
その間、一度も泣かなかったなずな。
卒業式が終わるとまっすぐ俺の事務所を訪れた。
「卒業式、終わったの。」
そう俺に伝えた顔は寂しそうな笑顔。
思わずあいつの手を取り胸の中へと引き摺り込むと、俺の腕の中で暴れるなずなの頭を撫でる。
「頑張ったな。」
そう伝えれば暴れていたなずなの力が抜け、すぐに聞こえ始めた嗚咽。
湿り気を帯び始めたワイシャツの左ポケット。
今日だけは気にしない。思いっきり泣いてしまえと俺は優しく背中をさすった。
数分か数時間かはわからない。
泣く声が小さくなったのを見計らって体を離そうとするがなずなは離れない。
「おい、離れろ。」
「っ…や。」
頭を左右に振るなずなは頭を俺にピタリとくっつけたまま離そうとしない。
「なずな、何恥ずかしがってるんだ。」
「今…顔見られたくない…」
「何を今更。」
嫌だのなんだの叫ぶなずなを俺から引き剥がせば涙やら何やらでぐちゃぐちゃな顔をパッと手で隠す。
涙に濡れた、恥ずかしさで真っ赤になった顔。
節目がちに俺を見る瞳。
何年も忘れていたむず痒い気持ちが蘇る。
は?馬鹿じゃないのか俺。
惚れた腫れたなんていう気持ちはとうに忘れちまったはずだ。
かあと顔に集まる血液。
見られたくなくてなずなの顔を自らに引き戻せば空いた手で口元を覆った。
仕事での興奮以外で久しぶりに高鳴る胸の鼓動。
それが俺が18も年下の女に惚れた瞬間だった。