第10章 私じゃない
「今日は雨が凄いな…」
カホが相手先との交渉へ行こうと準備を始めた時、部長が窓の外を見て呟いた。
確かに今日は雨が酷い。さっきからザーっとバケツをひっくり返したように降り続けている。
「ごめんね、こんな天気の時に」
「いえ、天候は関係ありませんし」
交渉で必要な書類を確認し終え、自分のデスクの周りを片す。
「米都商店に行ってまいります」
自分の傘を持って会社を出た。
─ザァァーーー─
外はほんとに雨が酷かった。
傘に当たる水の音も振り続ける雨の音もやけに大きく聞こえる。
「タクシーで行こう」
私は近くにあったタクシーに乗り込み相手先へと向かった。
その頃安室はベルモットとホテルの一室にいた。
「これがジンに言われていたUSBです」
安室は机の上に1つのUSBメモリを置く。
「これ、本物なんでしょうね」
「ええ、しっかり下調べをしてから手に入れたので恐らく間違いないでしょう」
ベルモットは安室の言葉を聞きバッグへとそれを入れる。
「ところでバーボン…」
ベルモットは前のめりになり安室のネクタイをグイッと引っ張る。
そして安室の首元へと指を這わせる。
「あなた恋人でもいるの?」
付いてるわよ、と彼女は安室の鎖骨に付いたキスマークを撫でる。
「ああ、恐らく前に情報を聞き出そうと思って抱いた女が付けたんでしょう」
困りますね、と安室は言う。
「まあ、あなたが特定の仔猫ちゃんを作るとも思えないけど」
「ええ、もし作って足手まといにでもなったら面倒ですしね」
「私が相手になってあげてもいいのよ?」
「あなたの見た目だけを知っている男なら喜んで誘いに乗るかもしれませんが、生憎僕はそうではないので」
「中身がだめっていうの?」
「いえ、そんなことは言ってませんよ」
「どうかしらね…」
ベルモットは目の前に置かれたワインに口付ける。
「バーボンも飲む?」
「いいえ、僕は遠慮しておきます」
「つまらない男ね」
彼女は残ったワインを一気に飲み干した。
「雨も強くなってきましたし、そろそろ戻った方が良さそうですね」
「そうね…」
パタン、と扉の閉まる音がして、室内はガランと静かになった。