第6章 従順※
「あの、本当にありがとうございます。こんなことまでしてもらって…」
「いえ、私がしたくてしている事ですから。お家までの案内をお願いしてもいいですか?」
「はい、!あ、あの交差点を右です」
沖矢さんに送ってもらっている中、私は先程のキスを思い出していた。
やっぱり似ていたな…
顔も声も違う沖矢さんにあの時は"彼"の面影を感じた。
ここにいるはずなんてないし、もう恐らく会うことだって出来ないのに。
沖矢さんは私が昔の恋人にあなたを重ねていた、なんて思っていないと思うし、そんなこと言えるはずがない。
唯一似ているとすれば、その身長と
左利きなところだけ。
でも身長だって同じぐらいの人はたくさんいるし、左利きだってそこまで珍しいことではない。
何を考えているの
彼は沖矢さん。
"彼"ではない。
しばらく道案内が続き、私は家から少し離れた公園の前でここで大丈夫です、と言った。
安室さんの家を知られるわけにはいかなかった。
「本当にここで大丈夫ですか?」
「はい、ここから家まで近くですから」
「そうですか…。身体の方は大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。まだ完全には回復してないですが先程のようにはならないと思います。
あ、!先程の件は本当になんというかご迷惑をおかけしました。」
「いえいえ、あの時はあれが最善だと思いましたし」
「本当にあそこにいたのが沖矢さんじゃなかったら、私…」
「それは本当に私で良かったと思います」
あの時声をかけてくれた人が沖矢さんではなかったと思うと背筋がゾッとする。
─ブーブー─
「あ、電話」
鞄から携帯を取り出す。
─安室透─
そこに表示されていたのは彼の名前だった。
どうしよう
今は出ることができない
「…安室さん、ですか」
「え、あ…」
画面を沖矢さんに見られていたことに気づき咄嗟にスマホの画面を下にする。
「彼とはこんな夜遅くに連絡を取るような仲なんですか?」
「いえ、その」
なんて言えばいいの
安室さんと付き合っている、というのは周りの人には言っていない。
実際付き合っているわけではないし、元は監視だから他の人に言わない方が都合がよかった。