第30章 少年の思惑
「まあ今すぐにじゃなくていい」
そう言って降谷はカホの頭を撫でる。
「なるべく意識するようにしま…する」
カホはこれは時間がかかりそうだと思った。
安室の時でさえ敬語を無しに話すことは少なかったのに、まだ話すのに緊張する降谷にそんな軽い口調で話せるのか。
けれど語尾を言い直したカホにどこか嬉しそうに微笑む降谷を見て、カホはいつかこの口調に慣れるように頑張ろうと思った。
カホは自室に戻って服を着た。
ふと鏡を確認した時に身体に点々と付いている紅い跡を見てカホは1人赤面した。
部屋の扉を開けるとふわっと鼻に抜ける香ばしい匂い。
テーブルの上にはこんがり焼かれた食パンにベーコンと半熟の目玉焼きが乗っている。
「美味しそう」
食欲をそそる見た目と匂いにカホの体は自然とそちらの方へと動いた。
「あんまり朝は一緒に食べれないからな」
そう言いながら降谷はスープを両手にキッチンから出てくる。
「食べれる日が今日で良かった」
コト、とカップがテーブルに置かれる。
降谷の言葉を聞いてカホもそれは同じ気持ちだった。
新たな関係、とまではいかないかもしれないがお互いの本音をぶつけ合って、真の姿を見せて、
昨日までとは違う今の雰囲気で、朝を一緒に迎えられた。
七瀬カホと降谷零という2人で。
「「いただきます」」
カホが真っ先に食パンにかぶりついてザクザクとした食感と半熟卵の甘さに浸る。
何とも幸せそうに次々に食べ進めるカホを見て降谷は彼女と同じぐらい幸せそうな顔をしていた。
朝ご飯を食べ終えたカホは作ってもらったから、と皿洗いをしていた。
そこに、ちょっといいか、と降谷が少し真剣な表情で声をかけた。
「これからのことなんだが」
降谷の表情にカホは1度手を止める。
「普段外で俺と会った時は安室透として接して欲しい。降谷零という人物の事はカホは一切知らない、そういう形でいて欲しい」
「…分かった」
カホは降谷の言葉に頷くも内心少し悲しかった。
降谷の名前が呼べないということではなく、降谷が本来そういう立場で在らなければいけないということにだ。
今までもそうだったのだろうと。