第29章 初めて※
「もうひとつは…言わなくても分かるな?」
降谷はそう言うとカホの顔を上げさせた。
後頭部を押さえて視線を自分に合わせる。
降谷は汗ばんで額についたカホの髪を彼女の耳にかけた。
そうしてフッと優しく微笑む。
その表情を見ればさすがにカホも降谷の守りたいものが何なのか分かってしまった。
それに気づいたカホは嬉しさと恥ずかしさのあまり降谷から視線を逸らした。
降谷が自分をそう思ってくれている事がもったいないと思うほど、それはカホにとって喜ばしいことで
でもそれはつまり、降谷の弱点にもなってしまうということ、
カホはぎゅっと結んだ唇をゆっくりと開いた。
「私、今1番の幸せ者なんじゃないかってぐらい、嬉しくて…
出来ることは少ないかもしれないけど、私は私なりに降谷さんを守りたい。
降谷さんの仕事は本当に素敵だと思うから、
…私は、降谷さんの正義を邪魔したくはない。
だから、だからね…もしも私の存在が降谷さんにとって不利になった時は…
「カホ」
そう言って降谷は俯きながら語っていたカホの言葉を遮った。
「言っただろ?俺の守りたいものは二つあるって。
俺はそのどちらも自分の命を懸けて守り抜くつもりだ」
そう言う降谷の表情は決して生半可なものではなくて
自分をじっと見据える青い瞳に、カホは降谷のその覚悟を踏みにじってはいけないと思った。
「迷惑かけるかもしれないよ?」
「うん」
「降谷さんに、気を遣わせてしまうかもしれない」
「今に始まったことじゃないな」
「…っ、家にいても、何も出来ないかも」
「家にいてくれるだけでいい」
「付き合うのだって…いつになるか分からない」
「カホが俺の気持ちを知ってくれているのならいいさ」
「こんな…、こんな面倒臭い性格…」
そう言うカホの言葉を遮って降谷はカホに口付けた。
「んっ…」
唇をただ重ねるだけの、優しいキス。
チュ、と音を立てて2人の唇は離れる。
「重くて、嫉妬深くて、カホの事になると自分が制御できない。
こんな俺がカホは嫌い?」
「そんなわけない…好きに決まってる」
その答えに降谷は微笑む。
─そういうことだよ─