第25章 はじまりは小さなカフェで
その表情も、先程の慌てぶりも、その全てが赤井には愛おしく映ったのだ。
カホは先程の慌てぶりから一変、すんなりと名前を教えてくれた彼に驚き、今は彼の呼び方に悩まされていた。
そしてようやく絞り出した声でカホは言った。
─赤井さん─
赤井はその言葉に、思わず目の前の彼女を抱きしめたくなった。
今まで女を抱きしめたいなど1度たりとも思ったことがない。
けれど、今は、自分の名前を呼んだ彼女を、目元を赤くした彼女を
自分の腕の中に閉じ込めたかった。
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
「お礼、は今すぐには思いつかないのでまた後日考えます。今日は本当にありがとうございました」
カホはそう言って頭を下げ、クルっと後ろに振り向いて歩き出した。
「待て」
赤井はカホの手首を掴んだ。
「家まで送る。あんな事が起きた後だ。1人で帰るのは何かと心細いだろ」
これは赤井の本音だった。
男に襲われそうになった後で夜道を1人帰らせるわけにはいかなかった。
今だって少し手が震えている。
こんな状態で1人にさせるのは色々と危ない。
カホは赤井に送ると言われて申し訳なさを感じたがそれと同時に有難く思ったのも事実。
正直このまま1人で帰るのは怖かったから。
けれど赤井にそれを言えるはずもなく、早足で家まで帰ろうと思っていたカホ。
アーサーに送ると言われた時は物凄く怖かった。
裏で何を思って言っているのか、笑顔に隠された意図が怖かった。
けれど赤井に言われた今は全然違う。
本当にそう思ってくれているんだろう、と憶測でしかないのにはっきりとそう思ったのだ。
「ありがとう、ございます」
カホは素直に赤井の善意を受け取ることにした。
カホの家の前に着き、カホは再びお礼を言った。
ずっと隣を歩いてくれた赤井はカホに大きな安心感をもたらした。
もう何度目か分からない感謝の言葉。それでも伝えきれないほどカホは赤井に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「今日はゆっくり休め。じゃあな」
そう言って来た道を戻っていく赤井。
カホはその背中を見送った。
カフェで見送った時とは違う。
あの時よりも、ずっと
赤井の背中に、カホの胸は痛いほどいっぱいだった。