第1章 恋人
午前8時30分
私は喫茶店ポアロの扉を開いた。
落ち着いた店内にコーヒーの香りが漂っている。
「いらっしゃいませー!…ってカホさんじゃないですか!
朝から来てくれるなんて…!うふふ、カウンター空いてますけど、どうですか?」
スーツ姿に身を包んだ七瀬カホを見て榎本梓は満面の笑みを浮かべてカウンターへと案内した。
「アイスコーヒーで」
「はい!分かってますよ!」
カホは店内を見渡した。スーツ姿の会社員や常連のご老人などがテーブル席には見られる。あの人はいないのだろうか。今日はもう1つの仕事の方なのか。どっちにしろ彼女にとってはどうでもよかったのだが。
「アイスコーヒーお持ちしました」
ふと聞こえた声に顔をあげると彼女が丁度気にかけていた人物が笑顔でアイスコーヒーを置いた。
「ありがとう、ございます」
彼女は目線を逸らして静かにストローに口付けた。
その様子を彼、安室透はじっと見ていた。
「来てくれるなら言ってくれれば良かったんですがね」
安室は彼女にだけ聞こえるようにそう言った。
彼女は何も聞いていないかのようにコーヒーを飲むのをやめなかった。
「今日はこのままお仕事に行くんですね!」
「はい、重要なクライアントと打ち合わせがあるので、ここで心を落ち着かせてから行こうかと思って」
「27にして副部長ですもんね~!いやー仕事ができる女性ってかっこいいです!」
「梓さんもポアロの看板娘じゃないですか」
「やだ~もうカホさん!今度来た時ケーキオマケします!」
「ふふ、ありがとう」
カホは最後の1口を飲み干すと席を立ってレジへ向かった。
「お仕事頑張って下さいね」
「ええ、ありがとう」
彼女は安室の方を見ず返事をしポアロを出た。