第18章 不測
「はい、もう大丈夫ですよ」
私が階段から落ちて数日後、右手首の捻挫はほとんど回復して前のように動かせるようになった。
仕事はパソコンが使えなかったため、部長が配慮して私は書類チェックを主に任せられた。
そして今、昴さんに包帯を取ってもらい最後のチェックをしている。
「ありがとうございます。ここ数日も手伝ってもらって」
「いえ、良かったですね。長引かなくて」
手に負担のかかる事は昴さんがほとんど私の代わりにやってくれた。
料理から洗濯から、その他色々
2、3日は昴さんが髪を洗ってくれた。
最初の方は抵抗があったけど昴さんは特に何もしなくて普通に髪を洗ってくれただけ。
でもそれ以外の場所では昴さんはキスをしてくるようになった。
不意打ちの時が多くて防御できないときがほとんど。
毎回驚くけれど、それを受け入れてしまってる私もいて
抱かれたのはあの日だけ
キス以上のことは決してしなかった
昴さんとの関係は未だによく分からない。
同居人、にしては関わりすぎているけれど恋人ではない
昴さんは好きですよ、って言ってくれるけど私が好きなのは安室さん
それはまだ変わりそうにもない
だからいつも、ありがとうございますって返事をする。
すると彼は先は長そうですね、って微笑む。
こんないい人が近くにいて、支えてくれながら私は別の人のことを想ってる。
いつかバチが当たるんじゃないかって思ったりして
でも今のこの関係は嫌いじゃなかった。
名前のない、不透明な関係だけど。
辛い想いもしないし、変に気を遣うこともなかった。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃいカホさん」
私は玄関の扉に手をかける。
「あ、カホさん」
ふと名前を呼ばれて後ろを振り向く。
唇に触れる、柔らかな感触
目の前には彼の端正な顔が視界に映っていて
チュッっと音を立てて彼の唇が離れた。
「忘れ物です」
「不意打ちはやめてっていつも言ってますよね」
「じゃあ事前に言えばいいと」
「そういうことでもないです」
こんな会話ももう何度目なのか。
私はもう1度行ってきますと言って家を出た。
昨日まで巻かれていた包帯が取れて、なんだか腕が軽かった。
今日から通常の仕事に戻れる。
迷惑をかけてしまった分頑張ろうと会社への足を進めた。