第15章 語られる存在
カホの部屋を後にした赤井は再びリビングへと戻る。
ソファーで寝ているカホの膝と背中に腕を回し横抱きにした。
恐らく夢の中であろう彼女の寝顔を赤井は見つめる。
すまない…
赤井は心の中で彼女に呟く。
自分と別れた後に起こったカホの両親の事故。
あの時自分が近くに居てやれば、少しでも支えてあげられただろうに。
独りで悲しみに耐えることなく、手を差し伸べられた。
それに、
安室君にだって奪われることはなかったはずだ。
そんなことさせないぐらいに愛して、甘やかして、溺れさせて…
守ってあげられた。
組織の潜入が決まってカホに別れを告げた。
悩みに悩んだ。
どうにかしてカホと繋がったままいれないかと。
でも俺は赤井秀一という人物から諸星大という架空の人物にならなければいけなかった。
諸星大に、七瀬カホという知り合いはいない。
その状況を作らざるおえなかった。
彼女を、守るために。
その選択は正しかったんだろうか
今になって分からない。
あの時自分がどうしたら良かったのか。
カホを守るためには恐らく最善の方法。
でも、結果としてはどうだ。
赤井はこの一晩に知った情報の多さに、珍しく頭を抱えていた。
赤井にとって今の状況は難事件を解くよりも遥かに難しかった。
彼の私情が入りすぎてしまっているから
また、その相手が都合の悪い相手だったから
赤井は冷静になるにはもう少し時間が必要だと自分を落ち着かせた。
カホを彼女の部屋へと運びベッドへ寝かせる。
上から毛布をそっと被せて彼は静かにその場を離れようとした。
が、袖に感じる違和感。
視線をそこへ向けるとカホが赤井の服の裾を握っていた。
そして呟いた。
安室さん、
と。
呼ぶな
そいつの名前を
赤井は彼女の手を上から包んで握った。
しばらくしてその手を毛布の中へと戻した。
バタン、と扉がしまる音が彼女の部屋に響いた。
部屋を出た赤井は扉に背をつけしばらくその場から動かなかった。
何かを考えるように、目を閉じて。
赤井は沖矢のマスクを取る。
現れた素の顔は、少し悲しそうに見えた。