第15章 語られる存在
「カホさん、さっきから気になってることがあるんです」
「なんですかー?」
「カホさんがずっと考えてることです」
「考えてる、こと?」
「カホさんの頭の中にはさっきからずっと何が浮かんでいるんですか?」
カホは沖矢の言葉にピタッと動きを止めた。
お酒のピッチが早くなったカホは段々と酔いが回ってきていた。
それはウイスキーをオレンジジュースの仲間だと思うぐらいに。
空になったグラスに新しくウイスキーを注ごうとしていた時に告げられた沖矢の言葉。
それはカホにとっては封じられた扉を開く鍵のようなもので
ただでさえ思考もあまり働かない今の状況。
カホの頭の中に彼の姿が浮かぶのはそう時間はかからなかった。
さっきからずっと頭に浮かんでいるもの?
それは、忘れたい彼の姿…
でもそんなの、
「…思い出したくない」
「何をですか?」
「思い出さないって決めたの、でも、もう…破っちゃった」
「だから何をですか?」
「これから先、忘れられる自信がないの…」
カホは沖矢の言葉を無視してポツリポツリと呟く。
沖矢はカホの言っていることが理解できないでいた。
忘れたいことを思い出してしまった、分かるのはそれだけ。
カホはまた口を開く。
「どうして、こんなになっちゃったのかな…。こんな最期になるなら、あのままでもよかった。あんな友達でもない関係でも、」
もっと一緒にいたかった。
恋人なんて今は望まない。
あんな複雑な関係でもいいの、どこか他人みたいな関係でもいいの
それでも、私は…
安室さんの傍にいたかった
カホは目元に何かが込み上げてくるのを感じた。
沖矢はカホの言葉に彼女が思い出したくないのは「人」だと気づいた。
だが何年もカホの傍を離れていた沖矢、いや、赤井にとってはそれが誰なのか検討もつかない。
赤井はただ彼女の言葉を待つしかなかった。
「そんなに嫌だったのかな、私といるの。全然そんな仕草しなかったじゃない。いつも、笑ってたじゃない。あれも嘘だったって言うの?」
「…その人は、前まで一緒に暮らしてた方ですか?」
「暮らしてた?確かにそう見えるのかな…。私が住み着いてただけだったのかも」