第14章 訪問者
沖矢さんの家に住むことになって1週間。
沖矢さんの家から駅までは近く、出勤にも問題はないし時々沖矢さんが車で駅まで迎えに来てくれることもあった。
沖矢さんとの関係も良好と言えた。
そもそも彼と私は同い年なのだ。
彼からは敬語は使わなくていいと言われたがそれは難しく、同い年と言えど彼は私よりも大人に見える。
落ち着きがあると言うか、余裕、みたいなのが。
ただ、なんだか安室さんといた時よりも気を遣ったりはしなかった。
沖矢さんがさりげなくそうさせないようにしてるのかもたけど。
今日は私の仕事が休みで2人で家で寛いでいた。
そう、寛いでいたはず…
「言って下さい」
「どうしてですか、そのままでもいいじゃないですか」
「なんだか他人行儀じゃないですか?」
「別に今のままでも何の差し支えも無いですよね」
「下の名前の方が親近感が湧くでしょう」
今私たちが言い合っているのは沖矢さんの名前呼びのこと。
私はこの1週間ずっと、沖矢さん、と今まで通りに呼んでいた。
だが、彼は下の名前で呼んでもいいのでは、と言ってきた。
私は男性の事を下の名前で呼ぶのは余り慣れていない。
年下の人ならまだしも同級生はずっと名字呼びをしていた。
年上の人で名前で呼んでたのは"彼"だけ
沖矢さんは同い年だけど私には彼は同い年のように思えない
それに、なんだか恥ずかしい…
「私はカホさんとお呼びしてるのに、カホさんは私のことを沖矢さん、と呼ぶのはなんだか変じゃないですか?」
「私は何と呼ばれてもいいんですよ」
「なら私は下の名前で呼んで欲しいです」
ああ、なんか。
めんどくさいな。
一緒に暮らす前の沖矢さんは紳士って感じだったけど住んでからはなんとなくそれだけではないと分かった。
突拍子も無く、好きですよ、なんて言ってくる時もあった。
それも様になっているから余計困る。
こうやって言い合えるのも自分は彼に随分と気を許しているからだと分かっているし。
「分かりましたよ」
「では言ってください」
「…ばる…さん」
「聞こえません」
「…昴さん…」
「はい、カホさん」
目の前の昴さんはなんだか満足そうに笑っていた。
昴さん
確かにこの響きは少し距離が近くなった気がした。