第74章 さらば雨雲
二人が話したいことというのは、今日何があったかということだった。
「ごめんね先生、私、あの時どうかしてたと思うの。」
阿国は涙声で言った。
「兄さんが眠ってるところを見て、ああもういいやって思っちゃって。」
「……大丈夫だよ、結局あいつ意識取り戻したんだし。それに俺も…あの時お前らの親に言うなりしとけばよかったんだ。」
「ううん、そんなことしても兄さんはきっとみんなが見ていない時を狙って薬飲んでたと思うの。でも…大切なのはそこじゃなくて。」
阿国は俯く。時透は心配そうにその背中に手を置いた。
「…俺は生徒の関係に口は挟まねえが、一番気になるのは時透がここにいることなんだが?」
「え」
「え、じゃねえよ。」
まあ、本当に口出しはできない。付き合うな、とは口が裂けても言えない。俺自身もと中学の時から付き合い始めたんだから。
「お前はこの件にどう関与してんだ。」
「いや…ただ、阿国のそばにいただけなんで、別に。」
部室に入る前の有一郎の言葉が思い出される。
『…なんか、最近アイツおかしくて…。そろそろ訴訟されても文句言えませんよ。』
『なんか、ずっと霞守さんの…』
……。
「おい阿国、お前時透に嫌な思いさせられてないか?」
「?無一郎くんは優しいですよ?最近はクラスも違うのにすごく仲良くしてくれて、ずっと一緒にいてくれてるんです!」
阿国が曇りのない瞳で言う。
時透はなぜか得意げだった。
「まあ、いい…。話を戻す。続けてくれ。」
「はい。」
阿国は深呼吸をして、また話し始めた。
「兄さんが…また繰り返すかもしれないってこと。」
「…。」
阿国の目にじんわりと涙がたまる。…確かに。霞守は目的を達成することができなかった。再び実行する恐れは十分にある。
「ここで話してたってダメだと思う。」
糸の張り詰めたような雰囲気の中、場違いにもそう言ったのは時透だ。